ちっとも華麗じゃない独り言
28/Jan/2000 (Fri)
『火の鳥・乱世編読後感』
高校時代に読んで以来、久々に「火の鳥・乱世編」を手に取った。よもや「火の鳥」を知らぬ者はあるまい。漫画界の巨匠・手塚治虫の畢生の書で、氏のライフワークといわれる大作である。
「火の鳥」の構成はしばしば振り子に喩えられる。すなわち振り子が次第に減衰して中央に収束していくように、「火の鳥」の各編の舞台となる時代もまずは長遠なる彼方より始まり、やがて過去と未来の間隔が徐々に近接していく。
具体的に示そう。第1作である「黎明編」は太古の日本が舞台である。第2作の「未来編」は文字通り遥か未来をその時代背景に設定している。この両編を振り子の左右両端として、あとは巻が進むごとに過去、未来、過去、未来、と繰り返しつつ、しかもその振幅を次第に減じていく。
その究極の到達点が事実上の完結作とされる「太陽編」であり、全作品中最大の頁数を持つこの巻で振り子の減衰は極限に達する。作中に過去・未来双方に生きる2人の主人公を登場させ、かつお互いがお互いの夢を見ているという奇抜な設定を施している。読者はどちらの主人公がこの作品の主軸であるのか分からず、1つの作品に過去と未来が同居しているのを見る。
ここまでは「火の鳥」総体の構成論であった。今回「乱世編」を再読した理由は、この巻が「平家物語」を題材にしているからである。平家物語は1つの定本が存在せず、「覚一本」「延慶本」をはじめとする種々の異本が同時に並立する稀有な軍記物語である。「火の鳥・乱世編」はいわば「手塚本」と呼び得る、手塚治虫流に編曲された新たな平家物語である。
手塚治虫は平家物語を如何に料理したか。史実を題材に用いつつ、しかも微妙にその軌道を狂わせ、巧みに彼の世界に読者を誘導するというのが彼一流の技法である。喩えばある路線を走る汽車に乗っているつもりが、途中で気付かぬうちに転轍され、いつの間にか別の路線の上を走っているような感覚である。彼のその腕前は本巻でも遺憾なく発揮されている。
一つは平家物語を貫く心棒に「火焔鳥」を用意した事である。火焔鳥とは云うまでもなく、永遠の生命を有する火の鳥の本巻における表現型である。しかし他巻では能弁な火の鳥も、本巻ではついに一言も発さずに終わる。それもその筈、本巻に登場する火焔鳥の実態は単なる孔雀であり、本物の火の鳥ではないからである。
本巻では火焔鳥は権力者に追い求められる受動的な存在として描かれている。追い求めるのは2人の歴史上の人物、すなわち入道相国(にゅうどうしょうこく)・平清盛と木曾冠者(きそのかじゃ)・源義仲である。この火焔鳥を追い求めている両者がいずれも悲劇的な死を遂げるというのが実に皮肉的である。不死の血を求めて火焔鳥を渇仰した2人が、共に不死を得られず非業の最期を迎える。ここには作者の何らかのメッセージが含まれていると考えざるを得ない。
本巻にも用いられている彼の得意の技法の1つに、史実の背後に彼の創造した登場人物をひそませるというのがある。その好例を挙げよう。「平家物語」巻第一「殿下騎合」(てんがののりあひ)という章に、時の摂政関白・藤原基房と清盛の孫・平資盛(すけもり)が京中で鉢合わせた事件に関して次のような記述がある。
「殿下の御出ともいはず、一切下馬の礼儀にも及ばず、駆け破つて通らんとする間、くらさはくらし、つやつや太政入道の孫とも知らず、又少々は知つたれどもそら知らずして、資盛朝臣を始めとして侍共、皆馬よりとつて引き落す。すこぶる恥辱に及びけり」
つまり基房と資盛が京中で出くわし、資盛は下馬の礼を怠ってそのまま通ろうとしたが、それを無礼とした基房の配下の武士が相手を清盛の孫と知ってか知らずか、散々に打ちのめしたのである。それを知った清盛は烈火の如く怒り狂うのであるが、それはさておき、作者は作品中でこの事件を主人公の弁太が愛するおぶうを奪還する為に仕掛けたものとして描いている。このような改作の例は枚挙にいとまがない。
この「史実と架空の登場人物を絡ませる」技法は、彼の他の作品にも随所に出現する。最も端的な例は、代表作「アドルフに告ぐ」の終盤でヒトラー総統が最期を迎える場面である。この作品中でヒトラーは登場人物の1人であるゲシュタポのランプ部長に射殺されるが、ランプは「せめてもの手向けだ」と云ってピストルをヒトラーの手に握らせる。これによって「ヒトラーはピストル自殺した」という定説と作品が矛盾しない訳だ。
最後に「火の鳥・乱世編」で最も印象深いシーンを2つ挙げて本稿を閉じる。1つは清盛病死直後に京中の寺の釣り鐘が一斉に撞かれている様子を大ゴマを用いて描写したもの。もう1つは壇ノ浦の決戦で敗戦濃厚となった平家の女官達が、美しい装束を身にまとったまま次々と入水していく情景である。
両シーンに共通するのはセリフのない事である。それによって、かえって動に対する静の凄まじさが際立つ。特に後者の入水の場面は死を直接に髣髴とさせる為、読者にある種の畏敬の念を抱かせる。この1場面を以って本編は芸術作品に昇華したとみなすのも、あながち独断ではないと思われる。
14/Dec/1999 (Tue)
『夏目漱石へのオマージュ』
こんな夢を見た。
自分は能楽堂の舞台の上にいる。枝ぶりの隆々たる松が描かれた鏡板を正面にして、白洲へ降りるきざはしの手前に端座している。視線をちらと投げて辺りを窺っても、全く人の気配はない。舞台の周囲に附せられているかがり火の発するぱちぱちという音が、空の彼方まで響くかと思うほど森閑としている。
忽然と揚幕が開いた。揚幕の奥の鏡の間から、五段の重箱を抱えた女が静かに歩み出てきた。女はこちらに向かって橋掛りを歩み、三の松、二の松と過ぎていく。一の松をよぎる頃におぼろげながら女の装束が見えてきた。
紅梅匂(こうばいのにおい)の襲ね色目(かさねいろめ)に蘇芳(すおう)の表着(うわぎ)を配し、その上に藤柄を染めた唐衣(からぎぬ)を重ねている。腰から背後に垂らした幅広の紗の裳がゆっくり舞台を掃いている。漆黒の髪を垂らす麗顔は若々しい女のそれであった。
女は自分と対峙して座り、重箱を二人の中間に据えた。女は最上段の箱を開け、中から一つの能面を取り出した。どうぞ、と云ったように聞こえたのは自分の錯覚だった。女の喉はぴくりとも震えてはいない。
第一の能面は小尉(こじょう)であった。面を付けてみると、老人のささやく声がする。自分は何故だか急に神罰が怖くなったので面を外した。先程まで透き通るように白かった女の肌が褐色に濁っていた。
女は次の箱から能面を取り出した。第二の面は平太(へいだ)であった。付けてみると、突然人の生き血を啜りたい衝動に駆られたので、慌てて面を外した。女は前よりも小柄になり、腰が曲がって前かがみになっていた。
女は同じように次の能面を差し出した。第三の面は小面(こおもて)であった。付けてみると、今までに味わった事のない陶酔と高揚感に包まれたが、心臓が早鐘を乱打するように高鳴り始めたのですぐに面を外した。女の顔にも手にも深い皺が刻まれていた。
女は四つ目の箱から能面を取り出した。第四の面は般若(はんにゃ)であった。付けてみると、たちまち自分の精神がどこかに吹き飛びそうになった。精神を捕まえておこうと両手で握っても、するりと逃げ出す。逃げ出す先を抑えて掴んでも、またするりと抜け出す。自分から離れて行ってしまいそうになる精神と必死に格闘するうちに、何とか面を外した。女はすっかり白髪になっていた。
女は最後の箱から能面を取り出した。第五の面は慈童(じどう)であった。付けてみると、にわかに自分が自分でない何者かに変化していくのが分かった。このまま元の自分が消えて無くなるような気がしたので急いで面を外した。女は既に死んでいた。
女を生き返らせる術(すべ)を、自分は知らない。
29/Nov/1999 (Mon)
『或る日の昼下がり』
―なぜ講義を聴かないの?
つまらないから。
―なぜ講義を聴かなくてもいいの?
あとで成書を読めば済むから。
―なぜつまらない講義に出席してるの?
出席票が欲しいから。
―なぜ出席票が欲しいの?
2/3以上出席しないと再履修になるから。
―なぜ再履修したくないの?
歯学部における再履修は留年と同義だから。
―なぜ留年したくないの?
早く卒業したいから。
―なぜ卒業したいの?
歯学部卒業が国家試験受験資格の要件だから。
―なぜ国家試験を受けたいの?
歯科医師免許が欲しいから。
―なぜ歯科医師免許が欲しいの?
何でだろう?
22/Nov/1999 (Mon)
『待ち人』
沖へ返せる白波の
などか汀へ寄せざらむ
千代の隔てと見ゆれども
瀬にし逢ふこそさだめなれ
地に沈みゆく落日の
出でぬあかつきあるまじき
五更過ぐればくれなゐに
染まるものとぞ思へかし
をちへ去りたる舞鶴の
こちへ渡らぬ歳やある
とわの旅路と見ゆれども
還らざるこそなかりけれ
わくら葉散らす枯枝の
栄えぬ春ぞめぐらざる
別れの冬の明けぬれば
華や万朶と薫るらむ
華や万朶と薫るらむ
15/Nov/1999 (Mon)
『TOEIC受験顛末記』
去る11月14日(って昨日だけど)、TOEICを初受験する為に指定された受験会場の太宰府まで繰り出した。それにしても何で太宰府?
Q大なんて贅沢は云わないけどさー、せめて福岡大か西南大に振り分けてくれたら原チャで行けるのに。
受付は12:00〜13:00。12:00には着いておきたい、でもどれぐらい掛かるか分かんないや、という訳で余裕を持って10:00に家を出た。いつも時間にルーズな自分にしては、異例中の異例。途中吉野屋でブランチ(単なる牛丼並盛)を喰って、西鉄福岡駅に着いたのが10:30頃。
最初ガード下のビッグカメラ前に原チャを停めようとしたら、通りすがりのお巡りさんに注意された。仕方なく、150円払って警固公園地下の駐輪場へ。仕方なくというか、あのまま停めてたら駐禁のお札を貼られていただろうから、お巡りさんに感謝して然るべきだろう。
普段は滅多に乗らない西鉄電車。多分大学に入ってからこれが4回目ぐらいだろう。自分の記憶が確かならば、一昨年の大晦日にKBCの元旦中継で大牟田に行った時に乗って以来(のハズ)。
目的地の西鉄五条駅(太宰府駅の一つ手前)には意外とあっさり着いた。11:15頃。おいおい、早過ぎるって。早過ぎるけどとりあえず受験会場の福岡国際大学に向かった。福国大は五条駅から徒歩10分程で、すぐ分かった。
良く云えば閑静、悪く云えば田舎。福岡・天神まで30分で出られるとはいえ、ここは学生生活を送るにはちょいと刺激が少なそう。Q大が移転計画中の西区元岡キャンパスは、きっとこんな感じなんだろうな。いや、ここよりもっと何もないだろう。未来の後輩達が不憫で涙が出てくる。
13:45〜15:45まで試験。・・・言い訳はしない。終了後、ただちにリベンジを誓う。
折角こんな辺鄙な所(失礼)まで来てすぐ帰るのもアレなので、散歩を兼ねて観世音寺に向かう。何故に観世音寺かというと、この寺は「平家物語」に登場するので、機会があったら一度行ってみたいと思っていたのだ。
「平家物語」巻第七、「還亡」(げんぼう)という章に「天平十六年六月十八日、筑前国見かさの郡太宰府観世音寺、供養ぜられける導師には、玄房僧正とぞ聞こえし」とある。寺の案内板によると、ここはおよそ1200年前に天智天皇によって創建されたもので、特に鐘楼に吊るされている梵鐘は日本最古のものだという。
まことにいわれ深き古刹というべきだが、現在は何となく侘しい雰囲気が漂っていて、往時の栄光を偲ぶ事しかできない。それでも美しい日暮れの景色と相俟って、そこはかとなく詩情が湧く。
その後五条駅前で夕飯を食べ、帰途に着いた。来る時は忘れていたが、「よかネットカード」(注:西鉄と地下鉄の共通カード)が使える事に気付いた。あーあ、行きに無駄な現金使っちゃった。今回は足を伸ばさなかったが、機会があれば太宰府にも行ってみたい。
#「TOEIC顛末記」というより「五条散策記」になってしまった(^^ゞ
10/Nov/1999 (Wed)
『芥川龍之介へのオマージュ』
河童の国の生活にもだんだん慣れてきた、或そよ風の爽やかな朝の事です。雌に抱きつかれた為に嘴の腐り落ちてしまったラップを連れて、僕は哲学者のマッグの家へ遊びに出かけました。マッグはいつものように七色の色硝子のランタアンを灯し、やはり厚い本を拡げていました。
「やあ、よく来たね。まあ、その椅子にかけ給え」
僕はマッグに、一月ばかり前に或ホスピスを見学した際に感じた不審を話しました。そこでは年老いた河童のみならず、如何にも頑健そうな若い河童までもが死出の準備に努めていたのでした。
「ふむ、それはこういう理由によるのです。つまり我々河童は精神的に死を感ずるが早いか、ただちに肉体的にも死に向かうのです。もうこれ以上生きていても意味がないと思ったら、肉体の方から生存を拒否するのです」
「それだけで河童は死ぬのですか?」
「死にますとも。我々河童の神経作用はあなたがたのよりも微妙ですからね」
こういう話をしながら、ふと僕は退屈そうにしているラップに気付きました。実際ラップは右の脚の上へ左の脚をのせたまま、腐った嘴も見えないほど、ぼんやり床の上ばかり見ていたのです。その様子が如何にも気の毒だったので、僕は話題を転じる事にしました。
「ところでマッグ君、この国にも歯科医療は行なわれているのですか?」
「常談を言ってはいけません。デンタルセンタアなどはこの国有数の大建築ですよ。院長のプラック君を紹介しますから、どうです、ちょっと見学に行っては?」
僕は勿論興味を覚えました。が、ラップは余り乗り気ではありません。後で聞いた所によると、彼はあのタアビンの音に無上の恐怖を感じるのだそうです。
僕は嫌がるラップを連れて、歯科医のプラックを訪ねました。この国の診療室も日本のそれと存外変わりありません。尤も歯科用のチェアだけは、河童の背丈に合わせて小振りに出来上がっていましたが。
「ラップ君の腐り落ちた嘴は、元のように治せるのでしょうか?」
「何、造作はありません。金パラでもレジンでも、好きな材質で補綴できます。尤も最近は審美性の回復がやかましくて、少しでも天然嘴の色に近くないと文句を言う患者(直訳すれば患河童です)が増えてきましたがね。これでも昔は財力を誇示しようと、わざと嘴を腐らせて金を入れる手合いが大勢いたものです」
その時僕は、日本では多くの研究者が齲蝕予防法の探求に腐心している事を思い出しました。
「この国でも予防の研究は盛んなのですか?」
「常談を言ってはいけません。そんなものはとっくに終わっています。あそこの棚を御覧なさい。あの薬液を嘴に塗っておきさえすれば、嘴が腐り落ちる心配はありません」
そう言って彼は棚を向き、黒ぐろとした液体の充ちた小壜を指差しました。
「しかしラップ君のように嘴が腐り落ちた河童もいるという事は・・・」
「それはあの薬が一般には決して売られる事のないからです。そんな事をすれば、我々歯科医はたちまち失業してしまいますからね」
「それは・・・どうか怒らずに下さい。それは無知な民衆には・・・我々の国では醜聞ですがね」
「この国でも醜聞には違いありません。しかし彼らは彼らの蒙る不利益よりも、むしろ我々の不幸に同情してくれるのです」
「それは民衆の莫迦さ加減に甘えているのではないのですか?」
するとプラックは椅子を離れ、僕の両手を握ったまま、ため息と一しょにこう言いました。
「あなたは我々河童ではありませんから、おわかりにならないのも尤もです。しかしわたしもどうかすると、彼らの脳髄ごと補綴したい気も起るのですよ」
04/Nov/1999 (Thu)
『博多にわか工藤篇』
「ここ何日か見らんやったけど、どっか行っとったん?」
「え、ああ、うん、ちょっとね」
「ふーん。まぁいいや。あんたがおらん間にすごい事件が起きとうよ」
「何、どうしたと?」
「あんただけにこそーっと教えちゃあばい。実はホークスの工藤がFA宣言したったい」
「うそー、全然知らんやった。何でFA宣言したと?
ホークスに骨を埋めるっち前から云いよったやん」
「もちろん工藤はそのつもりやったっちゃけど、球団が年俸交渉でたったの1000万アップしか呈示せんやったとよ。あれだけの活躍してMVPも取った選手に対して、幾ら何でも失礼かろうや」
「何それ、頭おかしいっちゃないと? たったの1000万アップやったらそりゃー誰でも怒るやろ」
「違うと。低い提示額に怒ったっちゃないと。何回か交渉するうちに球団はアップ額を増やしていったっちゃけど、工藤はそういう取り引きみたいんが一番好かんったい。やけんキレたと」
「そうやったん。でも現実問題として工藤がおらんくなったら困ろうや。工藤が挙げる勝ち星も大事やけど、それ以上に精神的支柱としての役割が大きかったやん。それに球団がこんな誠意ない対応をするんやったら、他の選手が球団不信に陥るやろ。いや、選手だけやなかろうね。ファンも不信感を募らせようっちゃない?」
「そう思ってホークス系のサイトを色々見て回ったったい。そしたらどこの掲示板も球団非難一色やった。中でも一番手厳しかったんは、『ダイエーの首脳陣はファンの心、つまりお客さんの心が全然分かってない。ダイエー本体の業績が悪化したのもそれが原因だ』っちゅうカキコやった」
「もうどうにもならんと? 本当に工藤はホークスのユニフォームば脱ぐと?」
「昨日中内オーナーが工藤に謝罪したら、一応ホークスとの交渉の席には着くっち云ってくれたっちゃけど、あんまり戻る気はなさそうばい」
「ファンの立場からできる事は何かないとかいな?」
「今応援団が街頭で署名を集めとうけん、それに協力するっちゅう手はある。あとホークス系のサイトの中には、掲示板への残留嘆願のカキコをまとめて球団に送ってくれる所もあるらしいばい」
「球団幹部は取り返しのつかん失態をやらかしてくれたねぇ」
「もし根本さんが生きとったらこんな事にはならんやったっちゃろうけどね。所詮野球が分かっとらん人間がダイエー本体から天下って来とうけん、しょんなか」
「今回の騒動を『博多にわか』で表現するならどんな感じになるやろか」
「そうやねぇ、『こんな事ばっかりしようけん、ホークスはいつも糾弾(球団)されるったい。信頼を取り戻すには相当苦労(工藤)するばい』ってトコかいな」
28/Oct/1999 (Thu)
『リアリズム』
太陽は東から昇り西に沈む。古今東西の民族が等しく認めてきた真理であり、「譬え太陽が西から昇る事があっても」という言辞は、古来より決して起こり得ぬ事の比喩として用いられてきた。が、大天文学者コペルニクスの発見によれば地球が太陽の周りを廻っているのであって、その逆ではない。現代人はこの科学上の真理を振りかざし、地球を宇宙の中心と信じた古代人の無知を嗤うだろう。
稲妻は立ち篭める黒雲より地面を指して落ちる。「落雷」という熟語が示す如く、雷は天上から落ちるものである。が、気象物理学の示す所によると、雷は地上に蓄積した静電気が頭上の雷雲に向かって「上がって」いく現象だという。科学者達は自らの発見による真実を説き、無知なる大衆の啓蒙に努める。
しかし、必ずしも真実と事実が常に等価値とは限らない。無論真実を見極める事が重要な場合もある。例えば見知らぬ男が通り掛かった少女にお菓子をあげたとする。我々の目に留まる「事実」はこれだけであるが、「真実」は果たしてどうか。少女を慈しむ親愛の情から発した贈り物だったかも知れぬが、身代金を目的とする誘拐の第一歩だったかも知れぬ。事実の背面に潜む真実は表面のみから容易に判断できるものではない。
他方、事実の持つ価値が真実のそれをはるかに上回る場合がある。冒頭に挙げた二例がまさしくそれである。なるほど地球は太陽を廻っている。が、それがどうした? 現実に自身の知覚として地球の回転を感受し得ない以上、やはり我々の目には「太陽が地球を廻っている」としか見えないのである。この点において、現代人に古代人を嘲笑し去る権利はない。
我々はこのような「科学上の真理」に惑わされて、太古は鋭敏であった筈の五感が鈍磨してはいないか。書物の中の記述のみを金科玉条と奉じ、この五尺の身の感覚を軽んじるのはそろそろやめにしてはどうだろう。これをリアリズムと呼ぶならば、如何にも私はリアリストである。リアリストとは知覚し得ぬ概念に懐疑の眼を向ける人の謂である。現実主義と懐疑主義は互いに一人の精神への同居を拒まない。
21/Oct/1999 (Thu)
『存在』
たまに旧仮名遣ひを用ゐてみたくなる。GHQによる戦後の諸改革は概ね日本の為に良かつたと思ふけれども、旧制高校を廃止した事と旧仮名遣ひを改めた事に関しては些か疑問を持つてゐる。
世界の諸言語には必ず「存在」を表す動詞が存在する。英語なら"be"であり、独逸語なら"sein"である。これらは助動詞的に用ゐられる場合は弱い意味しか持たないが、「存在」を表す時は急に強い意味となつて自己主張する。
例へば"I'll be at the corner at five."(5時に角の所にゐます)といふ文における"be"がさうであるし、有名な"To
be or not to be, that is the question."の"be"もさうである。なお"Don't
be."(お前など生まれてこなければ良かつた)は、欧米において親が子に絶対用ゐてはならない言葉とされてゐる。
ひるがえつて日本語ではだうか。日本語で存在を表す動詞は「ゐる」だ。この「ゐる」といふ表記にずつしりとした重さを感じるのは、一人我のみであらうか?
「私は生きてゐる」「私は生きている」・・・この両者を比較した場合、どちらの表記により存在感があるだらうか。少なくとも小生は断然前者を推す。
「個の喪失」が叫ばれ始めて久しい。社会を不気味に覆ふ存在の透明感。拠つて立つ基盤が足元から崩れていくやうな感覚。これらは皆、「ゐる」という表記が「いる」に改められた結果、「存在の希薄さ」が日本人の深層心理下に微妙に影響を及ぼしてきた為とするのは、果たして愚考に過ぎるであらうか。
14/Oct/1999 (Thu)
『品格』
先月の秋場所終了後、横綱審議委員会(横審)は若乃花に対して異例の休場勧告を行なった。委員の一人は休場勧告ではなく引退勧告にすべきだと主張したほどである。勧告の直接の理由は大乃国以来2人目となった横綱の負け越しにあるのだが、真意は「横綱としての格を維持せよ」という事にあるのだろう。
横綱は極めて特異な地位にある。大関以下と異なり、どんなに負けても番付が下がる事はない。休場するか引退するかのどちらかだ。また横綱の相撲を裁く立行司・木村庄之助は常に短刀を所持して土俵に臨む。これは誤審した場合に責任を取って土俵上で直ちに切腹する為だという。
「横綱相撲」という言葉もある。これは圧倒的な力を見せつけて全く危なげなく勝つ事を意味する。「あまりに勝ち過ぎてつまらない、と云われるほど横綱は強くあらねばならない」との評も聞いた事がある。つまり、横綱には力と品格を示す事が求められるのだ。
しかるに若乃花はどうか。自分は若乃花は即引退すべきだと思う。何故なら、負け越した事も確かに問題だが、それ以上に重視したいのは雅山戦で見せた立ち会いの変化である。雅山は取り組み後、「あんなの相撲じゃない。貴乃花関はどんなに不調でも正面から受けてくれた」と声を荒げた。当の若乃花は「仕切りの体勢が低かったのを見て変化した。今は形がどうのと云ってられないですから」と開き直った。
しかし開き直れるものだろうか? 若乃花は大関時代にも度々変化を見せ、批判された。百歩譲って大関ならまだ目をつぶるとしても、横綱が立ち会いで変化するのは如何なものか。これこそ負け越し以上に横綱の品位を汚すものであると断じたい。
確かにあの時点での若乃花は星勘定が厳しく、喉から手が出るほど目先の一勝が欲しかったのだと思う。しかし目先の一勝と引き換えに、より大きなものを失ってしまった。目先の利益にとらわれず大局観に立つ、とは必ずしも容易に実行できる事ではない。が、若乃花の一番からかような教訓を引き出し得るのは事実である。
13/Oct/1999 (Wed)
『復讐』
自民党総裁選の結果を受けての内閣改造で、最も注目されたのは加藤派の処遇だった。加藤氏は山崎氏と共に先の総裁選に立候補したが、小渕氏に敗れた。総裁選終了後に両氏は「挙党態勢を築くのが重要」と述べ、当然予想される報復人事を牽制した。当初、その発言に対し小渕氏は理解を示していたが、実はそれは表向きで、ふたを開けてみれば露骨な報復人事が敢行された。
今回の報復人事の要点は、一つは加藤派の推薦を完全に無視して、小里氏ではなく池田氏を党総務会長に就けた事と、もう一つは加藤派のプリンスといわれる谷垣氏を一本釣りして金融再生委員長に任命しようとした事だった。後者は派閥事情を考慮した谷垣氏の固辞にあって実現しなかったが、前者の方は小渕氏の思い通りの人事になった。
自分は別に自民党支持者ではないので、人事そのものには関心がない。興味を持ったのは、小渕氏が加藤氏に対して「あなたは私を追い落とそうとした」と云い放って報復人事を断行した点だ。
「あなたは私を追い落とそうとした」・・・いやしくも国民から負託を受けた国家人事を、そんな私怨で左右する事自体が問題だと思うが、それはさておく。自分が最も興味を持ったのは、「あなたは私を追い落とそうとした」という言葉の裏に秘められた復讐の念だ。この言葉を聞いて、『平家物語』の一場面が浮かんできた。
「平家物語」巻第二の「西光被斬」(さいこうがきられ)という章には、平家追討を画策した鹿ヶ谷(ししがたに)の謀議が発覚した後の、時の権力者・平清盛の復讐劇が綴られている。鹿ヶ谷の謀議は多田蔵人行綱の密告によって発覚した。清盛はただちに参画者の捕縛を命じ、首謀者の一人である西光法師も六波羅の清盛邸に連行された。
縄に縛られて中庭に据えられた西光法師をにらみつけながら、清盛は次のような台詞を吐いている。「入道かたぶけうどするやつがなれるすがたよ」(この清盛を追い落とそうとした奴のなれの果ての姿よ)、「あまつさへこの一門亡ぼすべき謀反にくみしてんげるやつ也」(その上この平家一門を亡ぼさんとする謀反に加担した奴である)と。
そして「しやつが首、左右(そう)なうきるな。よくよくいましめよ」(そいつの首は簡単に切るな。しっかり思い知らせてやれ)と云い、松浦太郎重俊に命じて拷問を加える。散々苦しめた後で「しやつが口をさけ」と云って西光法師の口を割かせ、最後は朱雀大路で首を切る。
また、もう一人の首謀者である新大納言藤原成親も清盛邸に連行し、部下の難波経遠と瀬尾兼康に「あの男とッて庭へ引おとせ」と命じて庭に這わせる。更に「とッてふせておめかせよ」(組み伏せて叫び声を上げさせろ)と命じ、責め苦を与える。
平清盛と小渕氏の行動には何となく共通点を感じてしまう。共通点を感じるのは、きっと「復讐心」が人類に普遍的に存在する感情だからだろう。芥川龍之介は警句集『侏儒の言葉』の中で、「希臘(ギリシャ)人」と題して「復讐の神をジュピタアの上に置いた希臘人よ。君たちは何もかも知り悉していた」と書いた。これによるとギリシャ神話の中では復讐の神が最上神であるらしい。この事実は復讐心の存在が洋の東西を問わぬ事の証左となろう。
もくじ

とっぷぺえじ