第4週
朝から断続的に雨が降り、気温は低い。今日でLanguage Courseの授業は最後だ。本当にあっという間だった。このCクラスは学部も学年も男女比もうまくバランスが取れていて、素敵な言語学者・Chrisのもとで共に4週間学び、団結も強まった。自分はCクラスで良かったと心の底から思うし、Cクラスに入れた偶然に感謝したい。
09/Aug/99 (Mon) 曇ときどき雨たまに晴
今日の授業ではお互い週末旅行の話をした後、最後という事でそれぞれの将来の夢を語った。自分の夢は、歯科研究者となって再びCambridgeに戻って来る事。
昼からのLecture Course終了後、街に出てIR£を英£に再両替。しかし、コインは両替できないという事をすっかり忘れていた。結構余ったが、これは記念に持って帰ろう。それからL6(事務室)に行き、チューターのJodieに頼んで明日Queen's Collegeで開かれるコンサートのチケットを予約して貰った。
今日でLecture Courseも終わり。こちらもあっという間だった。全体のテーマは"Gothic Literature"だったが、最も印象に残っているのは"Sublime Moment"に関する話だ。雄大な景色・荒々しい自然・見事な夕焼け・巨大な建造物、等々に出会った瞬間、人間の心には理性による理解を超越した感情が生ずる。それを"Sublime Moment"と名付けるのである。自身の体験でいえば、スカイダイビングで飛行機からEXITした瞬間に感じる一瞬の恐怖がそれに当たるだろう。
10/Aug/99 (Tue) 雨のち晴
Gothic文学の諸作品は、このような"Sublime Moment"を描く事を主眼としている。このLecture Courseでは作品を通してその具体的な事例を見てきた。日頃から理性と感情の相克といったものに興味があったので、この一連の授業を積極的に聴く事ができた。加えて担当講師のGideon自体が大変面白い先生だったので、全く飽きる事がなかった。もし来年の英語研修に参加する人がいるなら、是非Gideonが担当するCourseを取るようお勧めしたい。
夕食後、Queen's College Chapelにクラシックコンサートを聴きに行った。これは"Cambridge Summer Music Festival"の一環としての五重奏(Frute・Violin・Viola・Cello・Harpsichord)で、学生料金£10.00。聴衆はざっと見たところ200人強で、さほど広くないChapelなのでほぼ満席。
五重奏を聴きながらこの4週間の事を思い出したら、色んな出来事が胸に去来して走馬灯状態。こんな歴史ある空間の中でゆっくりと音楽に耳を傾ける時間なんて、日本に帰ったら絶対持てないだろうなと思った。
演奏会は休憩を含めて2時間弱。これで渡り納めかと思いながら、Cam川に架かる数学橋を渡って帰った。
Pembrokeの自室に帰って、明日のLecture Course試験の予習。H君がChrisへのプレゼント用にマフラーとGreeting Cardを買ってきたので寄せ書きした。
今日は9:00からLecture Courseの試験。終了後、11時前から全員で"Solar Eclipse"(日蝕)を観察。英国はちょうど今回の日蝕が見える地域に入っており、我々は偶然英国に居合わせたという訳だ。何という幸運だろう。
11/Aug/99 (Wed) 曇のち晴
遮光板を透かして見ると太陽が三日月型になっており、しかも時間を追うごとにどんどん細くなっていくのが分かる。それに伴って周囲は薄暗くなり、気温の低下もはっきり感じられる。完全な皆既日蝕ではなかったが、それでもピーク時には肉眼で見ても大丈夫なほどの暗さになった。いにしえの天の岩戸伝説もかくやと思わせる。
昼食後、14時からLanguage CourseのListeningとOralの試験。Listeningの試験は4週間前のクラス分け試験と同じ内容だった。前回は分からなかった細部も明瞭に聴き取る事ができ、この4週間でListeningの力が確実についた事を実感した。
Oralの試験はChrisによる口頭試問。一人ずつだったので、残りはJPで待機しつつ与えられたテーマについて議論した。この議論は待機時間の副産物だったが、これを通してお互いの考え方をまた一歩深く理解する事ができたと思う。
明日の夕食はFormal Hallなので、通常の夕食は今日で最後。Collegeの料理はいかにも英国らしい大味で、お世辞にも美味しいとは云えないんだけど、帰国したらきっと懐かしく思うんだろうな。
21時からQ大のS助教授に発音チェックをして頂いた。自分の弱点はKの発音と、RとLの区別だと分かった。惜しむらくはもう少し早く受けていれば、結果を通常授業に生かせたのに。
朝からOld LibraryでSpeaking(?)の試験。前日に与えられていたテーマについて、6人程度の小グループでディスカッションする。ここでも前日同様、議論を通してCクラスメンバーの考えを知る事ができて興味深かった。中でも結婚観の話が一番盛り上がった(笑)
12/Aug/99 (Thu) 晴
午後はフリータイム。17:30からChrisの部屋でお別れパーティーをする事に決めていたので、分担して買い出しに行った。自分はH君・Y君と3人で"Sainsbury's"にフランスパンを買いに行った。ふと新聞売り場を見ると、各紙とも昨日の日蝕を1面トップにしている。記念になると思い、1部買い求めた。
17:30からC・Dクラス合同のお別れパーティー。まずはCクラスの12人分にChrisの分を加えた13羽の折り鶴に紐を通し、レイのようにした首飾り(?)をChrisの首に掛ける。それからこの後Chrisが旅立つEdinburghは寒いだろうという事でプレゼントに決まったマフラーと、寄せ書きを手渡した。後は皆でChrisを囲んで記念写真を撮りまくり。
18:30からThomas Gray RoomでCertificate Ceremony(修了式)。この部屋は初日にサンドイッチの饗応を受け、ルームキーを受領した部屋だ。あれからもう4週間が経ったとはどうしても信じられない。本当につい昨日の事のようだ。
修了証はPembroke CollegeのSenior Tutor(最高責任者の一人)であるTrebilcock先生から一人一人に手渡された。成績はA*・A・B・Cの4段階で、自分は何故か最高位のA*だったのでびっくりした。Cじゃなかったらいいや、ぐらいに思っていたのに。でも4週間頑張った事が報われたような気がして嬉しかった。
修了証には次のように記されていた;
"This is to certify that M- N- of Kyushu University attended the Summer School at Pembroke College in the University of Cambridge between 17 July and 13 August."19:30から最後のFormal Hall。これまでのFormal Hallは全てHallで行なわれていたが、今日はOld Libraryだ。ちなみにメニューは以下の通り。
前菜:Dressed Crab
メイン:Roast Sirloin of Beef・French Beans and Vichy Carrots・New Potatoes
デザート:Dark Chocolate Torte with Raspberries and Fruit Coulis
そして食後にCoffee and Mints。席上、ここまで私達をお世話してくれた3人のチューターにQ大からのプレゼントが手渡され、またTrebilcock先生やQ大のH教授から記念のスピーチがあった。それらのスピーチを聴くうちに明日で帰国という事実を改めて実感し、何となくしんみりした雰囲気になる。
また、CollegeからQ大生へのプレゼントが一人一人に手渡された。包装紙の中身は、小さなビニール袋に入れられたPembroke Collegeの土。いつの間に準備して頂いたのか分からないが、Q大生の良き思い出になるように、との思いを込めながら一生懸命土を採って下さったのだろう。その様子を想像するだけで、感謝の思いで胸が一杯になる。なおTrebilcock先生からジョークを込めて、「この土を空港の税関に見せたら検疫に引っ掛かって没収されるので、くれぐれも黙っておくように」との注意があった(笑)
Formal Hall終了後、21:30からNew Cellarsで"Boogie Nights Farewell Party!"と題しての、チューター軍団主催のお別れパーティーが催された。
いよいよ明日、英国を発って帰国の途につく・・・
9:00には部屋を空けなければならない。Porter's Lodgeにルームキーを返納した後、Cクラスの全員でChrisの部屋に集まり、最後の名残を惜しんだ。
13/Aug/99 (Fri) 曇
Heathrow空港に向かうバスに乗り込む時間がやってきた。周囲を見ると、多くのQ大生が別れの涙にくれている。最後にChrisと抱き合った時に"Good student."と一言云ってくれ、万感胸に迫るものがあったが、それでも涙はじっとこらえた。
バスの席に座って窓越しに見ると、Pembrokeの正門の前でChrisをはじめとしてチューターのPeteやMattら、懐かしい人達が寂しそうに手を振っている。その光景を見た瞬間、この4週間の記憶が一気に脳裏に蘇り、我慢していた涙があふれて止まらなくなった。心の底から「帰りたくない」と思った。
しかしバスは無情にも出発し、思い出が一杯詰まった場所を次々と通過していく。Puntingでその下をくぐりもしたし、幾度かこの足で渡りもした、Cambridgeのシンボルの数学橋。夕暮れ時の散歩道でもあり、皆なでフリスビーに興じたりもした広大な芝生のBacks。Shakespeareの野外劇を観に行く為に歩いた、Newnham Collegeへ至る道。それらの風景を記憶に留めておこうと思って凝視するのだが、どうしても曇って見えてしまうのだった。
Heathrow空港着。JALのカウンターで朝日新聞を無料配布していた。日本の情報に関しては全員浦島太郎状態だったので、皆な興味津々で紙面を見詰める。自分が真っ先に開いたのは勿論スポーツ欄だった。パリーグの勝敗表を見ると、5.5ゲーム差でホークスが首位。ほっと安堵したものの、2位がライバルの西武というのがいささか気掛かりだった。この4週間の滞在中にできたたくさんの友達と談笑しながら出発を待つ。最初は一人で参加したので話し相手もいなかったのが嘘みたいだ。
機内で気の遠くなるほど長い時間を過ごし、関西国際空港着。途中、腕時計を日本時間に直した。関空内の表示にはまず日本語が記してあって、その次に英語が書かれている。今までずっと英語表記が中心の生活だったので、とても違和感がある。入国手続きを済ませ、関空から福岡空港への乗り継ぎ便を待つ間、ロビーでは夏の高校野球を放映していた。そういえばそんな季節なのか、と何だか他人事のような感じでそれを眺めた。 家に帰って荷物の整理をしていると、英国で使っていた小型の目覚し時計が出てきた。これは時差を直していなかったので、表示がぴったり8時間前になっていた。身も心も徐々に日本に切り替わっていく中で、この目覚し時計だけは今でも英国のままなんだなと思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
今回の渡英で最も強烈に感じたのは、「時」という事だった。あるいはCambridgeの教会で、あるいはLondonの寺院で、あるいはIrelandの遺跡で、ありとあらゆる所で「時」を見てきた。墓や石碑だけではなく、数百年、あるいは数千年という単位の歴史を持つ様々な建築物や遺構・知的財産等を通して、人は死ぬが人の成したものは死なないという事を見た。同時に、何も成さねば自身の存在は何も残らないという事も見た。時間的にはせいぜい80年、空間的には日本という小国の一隅を領しているに過ぎないこの自分が、この先の人生で一体何を残せるだろうか・・・そんな事を思わずにはいられない今回の渡英だった。
最後に
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とっぷぺえじ