Ireland編


(06/Aug/99 (Fri)の続きです)


King's Cross Station

予想外に長引いたGrantchester散策のせいで、Cambridgeを発つのが遅くなった。結局King's Cross駅16:25着。本当は昼頃に着いてLondon観光するつもりだったのに、飛行機の出発まで時間がないので夕食を摂るぐらいしかできなさそう。来年以降はGrantchester散策は希望者だけにすべきだと思う(-_-#


Piccadilly Circus

折角だから中華街に行ってみる事にした。地下鉄Piccadilly線に乗り、Piccadilly Circus駅で降りる。Circusという名が示す通りに地上のEros像の周囲は円形広場になっているが、駅構内もそれに習ってちゃんと円形になっている辺りが実に英国らしい。

地上に出て有名なEros像を見る。前回Londonを訪れた時は割愛していただけに、今日見る事ができてよかった。像の周囲は待ち合わせらしき人々が大勢たむろしていて、まるで渋谷のハチ公のよう(笑)


China Town

Piccadilly Circusから大英博物館へ向かって北東に伸びるShaftesbury Avenueは中華街になっており、そこかしこに漢字で書かれた看板が溢れている。どの店も扉の窓にメニューを貼っているので、それらを見比べながらなるべくリーズナブルな店を探した。結局"富麗華" (Fu Ru Na)という中華料理屋に入った。

17時前という早い時間だったせいか店内に客はおらず、それどころか奥のテーブルでは10人ほどの店員が仕事前の賄い飯を食べている(笑) それは気にせず早速チャーハンを注文した。£3.70の割にはかなりボリュームがあって満足。久々に本格的なご飯ものを食べる事ができ、嬉しくて涙が出そうになった(←大ゲサ)。何しろCollegeでもたまにピラフもどきやカレーもどきが出たが、どれもタイ米のように細長くパサパサでとても食べられる代物ではなかったので。すっかり忘れていた本物の東洋の味だった。


Heathrow Airport

食事後すぐにPiccadilly線に乗り、一路Heathrow空港へ。あまり時間がないので焦る。19:10発の便なので、少なくとも18:30までにはカウンターに行かねばならないだろう。地下鉄に乗ったのが17:30過ぎ、空港まで約45分だからぎりぎりだ。ここでも時間にルーズな性格が顔を出す。しかし車内で一人で焦っていてもしょうがないので、せいぜい故障でも起きないように祈る程度にする。

Londonの地下鉄はZone2辺りから地上を走るようになる。ぼんやり車窓の風景を眺めているうちに重大な事に気付いた。そういえば、Heathrow空港の駅は"Heathrow Terminal 1,2,3"と"Heathrow Terminal 4"の2駅があるんだった。自分が乗る予定のAer Lingus社の便はどのターミナルから発着するのか全く分からない。航空券を見ても「地球の歩き方」を見てもどこにも載っていない。

さあ困った。車掌に尋ねようかと思ったが、そんなの知ってる訳ないだろうし、第一車掌自体がどこにも見当たらない。車内の乗客に訊いてみようかとも思ったが、全員旅行者なんだからやはり知らないに決まっている。譬えていえば都内から成田空港へ向かう電車の中で西洋人から「大韓航空はどのターミナルから発着しますか?」と尋ねられるようなものだろう。答えは当然「知らない」。

英国からIrelandまでの便は協定で国内線扱いになると知っていたので、Aer Lingus社はきっと国内線と同じターミナルだろう。そこから推理してみる。世界中のどんな空港でも最も利用者の多い国内線が第1ターミナルになっている筈だ。現に福岡空港もそうなっている。いや、待てよ、国際空港だしわざわざターミナルを分けてあるという事は1・2・3が国際線で4が国内線なのかも知れない。想像は想像を呼ぶ。

とにかく電車を乗り直している時間はないので、降りる駅の選択に失敗は許されない。車内を見渡すと大きなスーツケースや旅行カバンを運んでいる旅行者が多数いたので、その人達が多く降りる方の駅で自分も降りる事に決めた。迷った時は多数決だ。

そうこうするうちに先に"Terminal 4"駅に着いた。少なくとも自分の乗っている車両からは1人も降りなかったので、ひと安心。これで1・2・3の方だと確信した。空港に着いて改札の駅員にAer Lingus社のターミナルを尋ねると、第1との事。やはり最初の予想は間違っていなかった。チェックインを済ませ、搭乗口へ。何しろ巨大空港なので構内は複雑を極めていたが、案内に従ってどうにか88番ゲートまでたどり着けた。


Aer Lingus

Irelandのシンボルカラーは緑。これはシャムロックと呼ばれる国花の三つ葉からきている。Heathrow空港のIreland行きの待合室は床も壁も椅子の色も全部緑で、おまけに飛行機も緑に塗られていた。待合室の窓が飛行機の窓と同じ形に作ってあるのが楽しい。

搭乗して機内に入るとこれまた緑一色で、スチュワーデスの制服も緑。ここまで徹底されるとお見事としか云えない。機内で気付いたのは、読書灯のスイッチが手元ではなく天井に付いている事と、おなじみのオーディオ機能や機内TVが無かった事。日本の国内線と比較してみると、やはり日本の機体の方が機能的だしサービスも優れていると改めて思った。
#その代わり料金が信じられないくらい高いけど。


Dublin Airport

Dublin空港20:20着。この時間にしては妙に暗いなと思ってふと窓を見ると、大きな雨粒が次々と窓を叩いている。思わず心の中で"Really!?"と叫んでしまった。英国に来て最初の本格的な雨が、よりによってこんな素敵な週末を狙って降らなくてもいいのに・・・

荷物の重さに苦しんだBath旅行での教訓から、今回は徹底的に荷物を減らすつもりだったので、当然傘などは真っ先に戦力外通告を受けていた。よって傘を持って来なかったのと飛行機から降りるのに意外と時間が掛かった事から、市内までタクシーで出る事にした。バスだと市内まで30分掛かるので、21:30の宿のチェックイン期限に間に合わないと判断したのだ。

タクシー乗り場で列に並びながらタクシーの乗り方を観察した。何しろ海外でタクシーに乗るのは初めての経験なので、全く勝手が分からないのだ。どうやら日本と違って客は自分でドアを開け、しかも後部座席ではなく助手席に乗るらしい。それにしても相当多くの客が並んでるのに、タクシーはたまにしかやって来ない。こんな時に稼がなくてどうする、と他人事ながら心配してしまった(笑)


Taxi

自分の番が来たので、見様見真似で助手席のドアを開けて乗り込む。運ちゃんは50過ぎと思われるおじさんだった。Dublin市内の地図を見せながら宿の場所を説明した。道中運ちゃんと盛んに会話を交わしたが、明日行く予定のNewgrangeを知らなかったので驚いた。別に発音が悪かったのではなく、「地球の歩き方」に載っている写真を見せてもやっぱり知らないと云った。有名な観光地の筈なんだけどなぁ。

20分ほどして市内に入る。しばらくして中央に大きな街路樹が植えられている広い通りに入ったので、ピンときて「これがO'Connell Street?」と尋ねたら「よく予習して来たね」とほめてくれた。更にTrinity Collegeで「Kellsの書」を見る予定だと云ったら、それはこの先の左手にあるよと指し示してくれた。


Mercer Court

Mercer Street Southに入った所でタクシーを降りた。料金はチップ込みでIE£13.00。IE£2.50のバスと比べたら格段に高いけど、しょうがない。帰り際に運ちゃんが"Hava a nice two days trip!"と云ってくれた。

宿はチューターのJodieに手配してもらったMercer CourtというB&B。棟が幾つもある相当大きなB&Bで、むしろホテルに近い。料金は1泊IE£30.40。ちなみにIE£は英£よりも安く、1IE£は約150円である。よってこの宿は1泊約4500円。英国に来て宿に泊まるのはこれで2回目なので、ようやく宿同士の比較ができるようになった。Bathの宿と比べるとこの部屋は内装が殺風景で、洗面所にしか鏡がない。これならBathの宿の方が全ての面でグレードが高い。

今夜は明日に備えて早目に寝よう。


07/Aug/99 (Sat) 雨のち曇

早目に起きて朝食を摂り、徒歩でBus Eireann社の中央バスステーションへ。小雨が降っているが耐えられない程ではない。途中、有名(?)なHalf Penny橋を渡ったが、あまりにも普通の橋なので写真を撮るのをやめた(笑)


Busaras

中央バスステーションの場所はすぐ分かった。ここは通称をBusarasといい、中は大勢の旅行者で溢れている。早速窓口に行き、意気揚々と10:00発のNewgrangeへのバスツアーチケットを買おうとしたら、何と満席との事。仕方なくキャンセル待ちのリストに自分の名前を書くが、結局乗れなかったのでいきなり予定が狂ってしまった。こんな事なら昨夜空港のTourist Informationで予約しておくんだった。我ながらBathでの宿と気球の教訓が全く生かされていない(苦笑)

さてどうするか。バスツアーではなく一人でNewgrangeまで行くか。でも交通の便が悪いので、それはあまり現実的でない。Grayline社のバスツアーもあるようだが、14:30発らしいので現地で余り多くの時間が過ごせそうにないし、そもそも同社のバス乗り場がどこにあるのか分からない。いっそ今日はDublin市内観光に切り替えようか?

ぼんやりバス発着の電光掲示板を眺めていたら、10:30発のGlendalough行きバスツアーがある事に気付いた。GlendaloughはNewgrangeとどちらにしようか散々迷った所だ。こちらも満席だったのでキャンセル待ちをする。もしこれに乗れなかったらその時にまた考えよう。

Newgrange行きの交渉で苦労した経験からここの窓口では埒が明かない事を学習していたので、直接バス乗り場に行って運転手さんを見付けて交渉する。本当に満席なのかと尋ねたら、1席だけ空きがあると云う。早速窓口でIE£17.00の料金を払い、出発直前に滑り込む。乗車する際に運転手さんから"You're a lucky boy!"と云われた。


James Joyce Tower

バスはDublin市内から南へ向かって海沿いを走る。運転手さんはバスを運転しつつ、一人二役で器用に解説もこなす。途中、James Joyce Towerという石積みの大きな塔の横を通過した。この塔はIreland出身の作家James Joyceの作品"Ulysses"の舞台であるらしいが、"Ulysses"を読んだ事がないのでよく分からない(苦笑)

それから1時間ほど走り、海岸沿いの崖で小休憩。天候は依然としてすっきりせず、どんよりと重たい雲が空一面を覆っていたが、幸いな事に降雨はなかった。崖から海を眺めると、空と海が灰色に渾然一体となっており、水平線などは全く区別できず実に幻想的な光景だった。これも悪天候の賜物と前向きに感謝した。


Wicklow

最後に飛び乗ったせいもあってか、バスの席は一番後ろだった。隣を見ると観光客らしき父子。見知らぬ人と仲良くなる事も旅の楽しさの一つだと常々思っていたので、思い切って話し掛けてみた。父とおぼしき人がにこやかに応対してくれた。

話によると彼らは独逸人父子で、休暇を利用してIreland観光にやって来たとの事。父の方はRonaldさんといい、40歳。息子の方はJerome君で、13歳。Ronaldさんは一応英語が話せるので、お互いカタコトの英語で何とか会話する。この時ほど世界共通語としての英語の威力を感じた事は無かった。

自分も教養部時代に一応独逸語を履修していたので、独逸語で自己紹介してみた。でも自己紹介程度しかできないのが何とも情けない。こんな時に独逸語で自在に会話できたら格好いいのになぁ。

そうこうする内にWicklow郊外のレストラン兼みやげ物屋のような所に着き、昼食休憩。Wicklow自体は小さな町だが、夏季にはDublinからGlendaloughへの中継基地として賑わう。レストランには広大な庭園が付属しており、"Cedrus Atlantica Glauca"という学名の札が掛かった巨木が林立している。雲が厚く日差しが届かないのと相まって、ひんやりとしていい気持ち。このような気候をずっと望んでいたのに、これまでの3週間はひたすら暑かった。初めて英国らしい(と普段我々が想像している)気候に出会えた。もっともここは英国じゃないけど。


Glendalough

いよいよ目的地へ。GlendaloughはもともとGael語であり、運転手さんが意味を"the valley between two lakes"であると教えてくれた。その名の通り、ここは"Upper Lake"と"Lower Lake"の2つの湖に挟まれた風光明媚な渓谷である。

まずはVisitor Centreで映写を見た後、当地のガイドさんが初期教会群を案内してくれた。石造りのGate Way、33mのRound Tower、ほとんど崩壊して屋根も失われているCathedral跡、そして6世紀に建てられたという石積みのSt.Kevin's Church。敷地内には独特の"Celtic Cross"(ケルトの十字架)が無数に立っている。

St.Kevin's教会内部も見学できた。St.Kevinは初期キリスト教における聖者の一人で、ここGlendaloughを修行の地と定めた。Irelandの遺跡はことごとく石造りである為に無骨で荒々しい印象を与えるが、この教会もその例に洩れない。太陽と月に幾万回照らされてきたか知れない石壁に触れると、石そのものの冷たい触感と共に、千数百年の風雪に耐え抜いてきた重みを感じる。訪れる人も稀であったろうこの小さな教会で、St.Kevinは何を瞑想していたのだろうか。

独逸人父子と湖へ向かう。途中、滝へ至る小道があったので寄り道し、初めて海外の瀑布を見る。湖までずっとRonaldさんと話しながら歩いた。休暇の度に愛息を連れて欧州中を回っているそうで、既に欧州各国はほとんど訪れたと云う。確かに独逸からだったらどの国も近いので造作はあるまい。しかし我々日本人が同じ事をしようと思ったら、高い旅費と長い空路に耐えねばならない。実にうらやましく思った。ちなみに「どこが最も良かったか?」と尋ねたら、Ronaldさんは「国ならItalyで都市ならParisだ」と答えた。

「将来はどうするつもりか?」と訊かれたので、「細胞生物学に興味がある」と応じた。「独逸語で"Cell Biology"を何というか?」と尋ねたら、"Zellbiologie"と答えてくれた。その発音が「ツェルビオロギー」だったのが如何にも独逸語らしくて素敵だった。

Jerome君は大人しい少年で、あまり話す機会はなかったが、少し話したところによると学校では独逸語以外に仏蘭西語と英語が必修だという。そんな訳でJerome君とも英語で会話する事ができた。日本については「ほとんど知らない」と云うので苦笑してしまった。まぁ欧州の子供なら当然だろう。

Upper Lakeに到着し、しばし佇む。ここはお椀状の地形になっており、湖をぐるっと山が取り囲んでいる。その山を隙間なく覆う深緑を反射して、湖面は青あおとしていた。この光景をぼんやり眺めているうちに、St.Kevinがここを修行の地に選んだ理由が分かるような気がしてきた。それは湖を囲む山々が外界と此界を隔てる壁のように見えるからだ。この壁は聖地を俗塵から防いでくれる代わりに、もう二度と俗世に戻れぬ開かずの門にもなる。相当の覚悟が要ったに違いない。

それにしても美しい。ちょうど天候も回復し、雲の切れ間から陽光が洩れ出て来る。どこまでも静かで悠久のたたずまいだ。6世紀にSt.Kevinがやって来て教会を建てた事も、8世紀にヴァイキングが来襲してそれらを破壊した事も、20世紀に一人の東洋人がこうして跡地を訪れた事も、全てあずかり知らぬかのように悠然としている。


Guinness Hop Store

バスに乗り、Dublinへの帰途につく。道中のほとんどがのどかな光景で、時折放し飼い(?)になっている羊が無作法に道路を横切る。いや、羊の邪魔をする我々が無作法というべきか。

Dublin市内に入ってLiffey川沿いを進むと、有名なギネスビールの巨大な工場が見えた。Irelandが発祥のギネスビールは真っ黒な色をしていて、このビール工場も観光名所の一つになっている。来る手間が省けて良かった。

車内でもずっとRonaldさんと話し続けた。そのうちにRonaldさんが「漢字で我々の名前を書けるか?」と尋ねてきた。勿論、と答えたらメモ帳を差し出してきたので、Ronaldさんには「老成度」、Jerome君には「時英老無」と書いてあげた。Ronaldさんはとても興味深そうに見入り、「我々にはこれは絵にしか見えないけど、一つ一つに意味があるとはすごい」と云った。その時はあまり考える時間がなかったので思い付くままに書いたが、今考えるとJerome君は「寿老無」にした方が不老不死っぽくて縁起が良かったかも(笑)


Busaras

バスステーションに帰ってきて、独逸人父子とメールアドレスを交換し、握手して別れた。一人で思索しながらの旅も好きだけど、今回のように見知らぬ旅人どうしが出会うのも旅の醍醐味だ。本当にいい一日だった。思えば予定通りにNewgrange行きのバスに乗っていれば、今日の出会いはなかった。「袖振り合うも他生の縁」「一期一会」というが、さもありなんとしみじみ思った。


St.Stephen's Green

Dublin市内の安っぽいレストランで夕食として"Fish and Chips"を食べた後、St.Stephen公園に向かった。どんな名所を訪れるより、こういう公園のベンチでぼーっと過ごす時間の方が好き。

池を泳ぐ鴨を眺めながらぼーっとしていたら、3人の賑やかな若者がやって来てベンチにどかっと腰を下ろした。窮屈そうだったので、3人とも座れるように荷物をどけてあげたら、「どこから来たんだ?」と話し掛けてきた。「日本から来た」と答え、こちらも同じ質問をした。当然旅行者かと思ってそう尋ねたのだが、彼らは普通のDublin市民だった(笑)

しばらく彼らと会話する。まずは今日訪ねたGlendaloughの感想を話した。ちなみにこれの日本語表記は「ぐれんだーろっふぉ」で、地球の歩き方にもそう書いてあるのだが、実際は「ぐれんだーろっく」と発音しなければ通じない。バスの運転手さんも「ぐれんだーろっく」と発音していた。

「日本とIrelandはどこが違うか?」と聞かれたので、「こっちの方が断然涼しい。日本は湿度が高く蒸し暑い」と答えた。それから「ここは緑が多くて綺麗だろう」と云ってきたので、「Irelandでは飛行機にもバスにもポストにも緑色が使われていて、緑だらけだ」と応じたら、3人とも愉快そうに笑い出した。「それは緑色がこの国のシンボルカラーだからさ」と教えてくれた。

そんな話で盛り上がっていると、警官のようないかめしい人がやって来て、彼らを追い出した。彼らは缶ビールを飲んでいたのだが、どうやら公園内での飲酒は禁止だったらしい。3人は"See you!"と云いながら、逃げるように去って行った。

B&Bに戻り、早目に床に就く。明日の天気が心配。快晴は望まないから、せめて小康状態を保ってくれたらいいんだけどなぁ。


08/Aug/99 (Sun) 雨

目が覚めた後、すぐには起きずに目覚し時計が鳴るまで横になっている事にした。長い時間が経ち、なかなか鳴らないなぁと思って時計を見ると、何と8:45! 一瞬目を疑ったが、次の一瞬ですぐに事態を悟った。昨晩、目覚しをセットし忘れていたのだ(爆)


Grafton Street

宿の朝食は9:00までだったので、諦めてシャワーを浴び、出掛ける準備をする。チェックアウトし、外に出ると無情にも雨。傘がないので濡れながらとりあえずTourist Informationに向かう。でも開くのは11:00からだったので、雨宿りを兼ねてGrafton Streetで朝マックする事にした。窓際の席を占領し、雨が通りの石畳を濡らすさまを眺めつつ今日の計画を練った。

Grafton StreetはDublin市内の繁華街の一つで、本来は休日ともなればバスカーズと呼ばれるストリートミュージシャンや大道芸人で賑わうのだが、今日は雨のせいか誰一人芸を披露してくれる者はなかった。ちょっと損した気分(>_<)

そのうち雨も小降りになってきたので、改めてTourist Informationに行き、何かIrish musicのコンサートがないかどうか尋ねる。あいにく今日は無いとの事だったので、とりあえずTrinity Collegeに行って「Kellsの書」を拝観する事に決めた。


Trinity College

Trinity CollegeはIrelandの最高学府で、1592年に創立された。ここの図書館に、Irelandの至宝とされる「Kellsの書」が展示されている。入場料は図書館単独でIR£4.00、Dublin Experienceという映写との共通券がIR£5.50。時間はたっぷりあったので、共通券を買った。

ちなみに「Kellsの書」とは豪華な装飾が施された福音書で、随所にCelt文化特有の渦巻き模様や人・動物が描かれている。製作者はDublinの北西のKellsへ避難してきた修道僧達で、9世紀頃の製作と伝えられている。

まずは実物を拝む前に「Kellsの書」に関する展示を見るのだが、その製作過程を再現したビデオが良かった。これには2種類あり、一方では1ページをどのように書くかを紹介し、もう一方ではそれらのページを束ねて製本するまでを再現している。どちらも途方もない手間が掛かっている。当時は充分な明かりもない中での作業であっただろうし、1冊作り上げるのに膨大な時間が掛かったに違いない。

続いて奥の薄暗い部屋にある「Kellsの書」を見る。これは部屋の中央にあるガラスケースの中に大事に収められている。ガラスケースといっても棚ではなくてテーブル型になっているので、鑑賞者は四方から覗き込むような姿勢で見る。「Kellsの書」は想像していたよりも大きく、先程製作過程を見ていただけに、この1冊を作るのに込められた執念と情念を思うと感慨深かった。装飾も大変素晴らしく、Celt民族独特の文化を感じる事ができた。

続いて大学内のOld LibraryにあるLong Roomを見学。この部屋の両側には巨大な書架とそれらに収められた無数の古い書物、それに哲学史・科学史上の偉人達の胸像がずらりと並んでいる。Homer・Socrates・Newton・Boyle、等々。そして最も優れた胸像とされるのは、作家Jonathan Swiftのもので、彼もTrinity Collegeの卒業生だ。名誉や名声といったものを生涯嫌った彼も、こうして母校の図書館に顕彰されるなら本望だろう。


St.Patrick Cathedral

Trinity Collegeを出て、St.Patrick大聖堂に向かう。この時が最も雨が強かった。雨に煙るDublinの街並みも風流だ、なんて強がってみたが、そうでも思わないと正直やってられない(泣) 途中、名所の一つであるChrist Church大聖堂とDubliniaの前を通ったが、時間の関係上割愛して写真を撮るだけにした。

雨に打たれながら歩く事15分、ようやく大聖堂に着いた。現在の教会は1191年建造だが、古くは5世紀半ばにSt.Patrickがこの地で洗礼を施していたという。

外陣西側の柱には"Ancient Door of Chapter-House"(和解の扉)と呼ばれる、中央に長方形の穴が開いた木製の扉が立て掛けてある。この扉の歴史は1492年にまでさかのぼるもので、当時対立していた2人の貴族の一方がこの教会に逃げ込んだところ、他方が扉に穴を開けて自分の腕を差し込み、和解を求めたという。

その扉の側には、"Gulliver's Travels"(ガリバー旅行記)で有名な作家・Swiftとその妻・Stellaの墓がある。芥川龍之介の作品中にも彼の名は度々登場するので、以前から親近感があった。一例を挙げると、芥川は警句集『侏儒の言葉』の中で「人間らしさ」と題して次のように書いている。

「スウイフトは発狂する少し前に、梢だけ枯れた木を見ながら、『おれはあの木とよく似てゐる。頭から先に参るのだ』と呟いたことがあるさうである。この逸話は思ひ出す度にいつも戦慄を伝へずには置かない。わたしはスウイフトほど頭の好い一代の鬼才に生まれなかつたことをひそかに幸福に思つてゐる」


Trinity College

再びTrinity Collegeに戻り、Dublin Experienceという映写を鑑賞する。これは映像と音楽で古代から現代に至るまでのDublin(を中心としたIreland)の歴史を紹介するもので、所要時間は約45分。なかなか楽しめた。同じ大学の敷地内にある事だし、「Kellsの書」を見るついでに寄って行く価値は充分あると思う。

この映写ではIrelandの文化に関しても種々紹介されている。強大な英国に隣接する国でありながら、英国に呑み込まれる事なく独自の文化を築き、育て、守り通してきた事実は尊敬に値する。

その象徴がGael語だ。勿論Dublinなどでは英語がメインだが、Gael語は第一公用語という事になっており、今でも地方では日常語として使用されている。Dublin市内でも案内板の表記にはまずGael語が記されており、その下に英語が併記してある。実はこの事はIrelandに来るまで知らなかった。表記は英語ばかりだろうと思っていたので、軽い驚きを覚えたものだ。

このようにIrelandでは、随所に自国のアイデンティティを大事にしようという姿勢が見て取れる。これらに接していると、良い意味でのナショナリズムというのはどの国にも必要なのではなかろうかと思う。国際人というのは決して無国籍な文化上の透明人間を指すのではなく、日本人なら日本人としての文化と教養を身に付けた上で、それを崩す事なく他文化の人々と交わり、他文化を受容していける人の事だと思う。


Allsports Cafe & Bar

どこでもいいからパブに入って夕食を摂りたかったので、Temple Bar方面へ向かう。Temple BarはDublinで最も賑やかな地区の一つで、多くのパブが密集している。ついでに本格的なギネスビールを飲みたかった。ギネスビールなんて英国のどこでも飲めるじゃないかと云うなかれ、「Irelandで飲む」というのが重要なんだ(笑)

良さげなパブを探してのんびり歩いていたら、Freet Streetという道沿いに随分盛り上がっているカフェがあった。看板には"Allsports Cafe & Bar"と書いてある。覗いてみたら、サッカーの中継を店中のTVで放映しており、店内はサポーターとおぼしき人々でごった返していた。いわゆるサポーターズカフェという奴だろう。面白そうなので入ってみた。

パスタとギネスビールを注文するついでに、店員にどこのチームの試合なのかと尋ねたら、英国のプレミアリーグのManchester対Liverpoolの試合だと云う。更にこのサポーター達はどっちを応援しているのかと聞いたら、「もちろんManchesterだ」と答えた。味方の攻撃が敵陣に迫る度に一斉に歓声が上がる。敵の攻撃が自陣に迫る度に一斉に悲鳴が上がる。なかなか楽しかった(^-^)


Busaras

食事後、空港行きのバスに乗る為に中央バスステーションに向かった。ここからAirlinkという空港直行のバスに乗る。料金はIR£3.00で、来る時に乗ったタクシーより断然安い(って当たり前か)。これでDublinの風景も見納めだなぁと思いながら、窓外の景色をぼんやり眺めていた。空は今頃になってようやく晴れてきた。遅いっての(笑)


Dublin Airport

空港には意外と早く着いた。20分ちょっと。早速搭乗手続きを済ませ、ゲートに向かう。ところがゲート前の電光掲示板を見ると、自分が乗る予定の18:55発の便の横に"Delayed"と書かれている。そこでAer Lingus社のお姉さんにどれぐらい遅れるのかと尋ねたら、何と1時間と云うから唖然としてしまった。

それでも泣く子と天気には勝てぬという訳で、飛行機の離発着でも眺めながら時間を潰す。散々待って、機内に入ったのは20:15頃。ところが乗り込んでもなかなか動く気配がない。しばらくして「Heathrow空港が非常に混雑しているので、ここで更に20分ほど待ちます」とのアナウンスがあり、乗客から一斉に困惑と不満のため息が洩れる。

結局離陸したのは20:50で、定刻からほぼ2時間遅れだ。ここからHeathrow空港まで1時間、空港からKing's Cross駅まで1時間だから、同駅に着くのが早くて23時頃になってしまう。ただでさえ英国では土日の列車本数が極端に少ない事を考えると、下手したらCambridgeまでたどり着けない可能性がある。その時はLondonに泊まって、ホテル代はAer Lingus社に請求しようか!?


Heathrow Airport

着陸のアナウンスがあったのでふと窓外に目を転じると、Londonの夜景が実に綺麗だった。使い古された表現だが、まさに「宝石箱をひっくり返したよう」で、疲れも一気に吹っ飛んだ。着陸時刻は21:50。

手始めに空港のTourist Informationで列車の時刻を調べようかと思いながら歩いているうちに、Cambridge駅で貰った時刻表を持参して来た事を思い出した。早速開いて調べると・・・Cambridge行きの最終が22:51発になっており、到底間に合わない。ある程度予想していた結果だったので、さほど落胆しなかった。落胆している暇があったら、次の選択肢を探さねばならない。


Piccadilly Line

とりあえず地下鉄に乗り込み、車中で作戦を練る事にする。まずは念の為にLiverpool Street駅発の列車も調べたが、Cambridge行きの最終が23:15発。これもタッチの差で間に合いそうにない。とすると考えられるのは、Victoria駅に行ってバスで帰るか・・・しかしこの時間帯は満席で乗れない可能性が高い。では列車で行ける所まで行ってタクシーを拾うか・・・莫大な金額になりそう。そうすると、やはりKing's Cross駅で野宿して始発で帰るというのが最も現実味がある。

それでは一応月曜の始発時刻を調べておこうかと思い、"Mon-Fri"のページを見ると、ん?始発の前に0:06発のCambridge行きがあるぞ? 丹念に調べてみると、今夜確かにこの列車は運行されるようだ。つまり0:06発だと日曜ではなく月曜になるので、"Sun"のページには載せずに"Mon-Fri"に載せてあるらしい。何て紛らわしいんだ! 日本なら「25時」の扱いにしてそのまま日曜の欄の最後に載せるのが普通だぞ。まぁ何はともあれ助かった(^0^)

さて0:06発に乗るとすれば逆に50分ほど余裕があるので、折角だからWestminster駅で降りてBig Benの夜景でも観に行こうかなんて欲も出てきたが、さすがにそれは調子に乗り過ぎ(笑)なのでやめておいた。そんな余裕が出てきた所でふと車内の扉付近を見ると、何と"Flying from Heathrow?"という航空会社別のターミナル番号案内が貼ってあった。うう、一昨日は全然気付かなかった・・・


King's Cross Station

かなり時間的余裕があったので、King's Cross駅前のマックで休憩。でも店員は床掃除を始めるわ客は2人しかいないわで、何となく閉店モード。そっかー、よく考えたらもう23時回ってるんだ。こんな時間に一人でLondonをうろつくのはちょっと危険かも。


Royston Station

無事に0:06発の電車に乗り込んだが、1:20に途中のRoyston駅で降りてバスに乗り換えた。というのも同駅からCambridge駅までの4駅は工事中の為、代替バスが運行されているのだ。列車から降りてどっちに行ったらいいのか迷っていたら、同じ乗り換え客の印度人が親切にも道を教えてくれた。この人は頭にターバンを巻いている上にひげを生やしており、漫画に出てきそうなくらい典型的な印度人だった。あの時の印度人さん、御礼を云いたいのでもしこの渡英記を見ていたら是非ご一報下さい(そんな事は500%ないと思うけど)。

Pembroke Collegeに帰り着いたのは2時過ぎ。明日も朝から授業があると思うと、ちゃんと起きれるか不安だ・・・



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