疾きこと風の如し(出国準備編)
そもそもの動機
小さい頃から大空に対する憧れがあった。もっとも、これは自分に限らず誰もが持つ憧れだと思う。いつか鳥のように自由に空を飛んでみたい・・・誰でもそう思った事がある筈だ。
もう1つ、地球の重力から解放されてみたいとも思っていた。我々は重力の為に常に地球に足を向けて直立していなければならない。しかし、スペースシャトルの中の宇宙飛行士達は、この地球の重力の呪縛から解き放たれ、ぷかぷか浮いているではないか!
何とうらやましい! 自分もぷかぷか浮いてみたい!
宇宙飛行士になるのは無理としても、スカイダイビングならその夢を叶える事ができそうだ・・・これも動機の1つだった(もっともこの考えは完全に誤っていた事が後に証明される)。
もう1つのきっかけ
大学2年から3年になる春休み(平成10年3月)に渡米したのだが、実はこの渡米は本来スカイダイビングが目的ではなかった。それまでに1度も国外に出た事がなかったので、当時やはり海外旅行未体験だった大学の友人と一緒に、アメリカ西海岸の観光旅行を計画していたのだった。つまりこの時点ではハリウッドやディズニーワールドなどの観光が目的で、頭の中にはスカイダイビングのスの字もなかった。
ところがその友人が都合で行けなくなってしまった。ええっ、どうしよう、しょうがない、独りで行こうか?
それはきっとつまらないだろう。じゃあ海外旅行は中止にするか?
でも折角貯金してきたのに。ううむ、どうしよう。
そうやって散々悩んだ挙げ句、ふと思い付いたのがスカイダイビングの免許取得だった。以前から興味があったし、こんな(無謀な)事をやれるのは学生時代しかない。そもそも自分は昔から他人と同じ事をするのが嫌いだった。スキーやテニスはどんな大学生でもする、それなら自分は何か他人のしない事をしよう。こうして一気に決意が固まった。
調査開始
それでも、最初からアメリカで免許を取るつもりでいた訳ではない。もちろんアメリカで免許が取れる事は知っていたが、全然英語力に自信がないのに英語でインストラクションを受けるなんてとんでもないと思っていた。他の事ならいいが、これは命に関わる事なので、免許は絶対日本国内で取ろうと思っていた。要するに、海外旅行の為に貯めていたお金を使って国内で免許を取ろうと企てたのだ。
時は平成10年2月。試験の真っ最中だったのに、試験そっちのけで調査に没頭した(←現実逃避)。Webで検索しまくり、図書館でスカイダイビングに関する本を探して読みまくった。ネット上で調べていくうちに、国内では免許取得に約25万円ほど掛かる事と、九州では熊本でのみスカイダイビングできる事を知った。
それで早速熊本の代表者に電話を掛けてみた。ところが熊本では既に免許を持っている人達が楽しんでいるだけで、熊本で免許を取る事はできないと云う。日本では関東にしか免許取得のコースがないと云われた。
それで再び免許の取れる所をネットで探し、その1つにメールを送った。その返事には「日本ではスカイダイビング人口が少ないから土日しか開催していない上に天候が不順なので、免許を取るのに何週間もかかる。そんなに長く関東に滞在するのは大変だろう。しかしアメリカなら毎日開催しているし、天候も極めて安定している。取得費用も日本より安い。免許は世界共通なので、アメリカで取るのを勧める」とあった。
勿論渡航費用等を考えると、トータルの金額的にはあまり変わらないだろう。しかし「毎日飛ぶ事ができ」「天候が安定している」という2点からアメリカで取得する事に決めた。日本で取ろうと思ったら、土日しか飛ぶ事ができない上にその土日も悪天候で潰れる事がしばしばあるので、関東在住者以外はとても取りにくいシステムになっているのだ。
さあ、ここで初めて渡米とスカイダイビングが結びついたのである。海外旅行の夢と空を飛ぶ夢が1つに結びついた。
出国準備−日程&宿
アメリカでの取得について重ねて問い合わせたら、免許自体は早ければ3日で取れると云う。2〜3週間の滞在を勧められたが、さすがにそこまでの資金的余裕がないので、10日間に決めた。出国前に1度、日本でグランドトレーニングを受けてから行って下さいと云われたので、3/8(日)に講習を受け、3/10(火)出国→3/20(金)帰国という日程を立てた。2-3月の航空券は1年の中で最も安いが、土日を外すと更に安くなるのだ。
ちなみにスカイダイビング場の事をドロップゾーン(以下DZ)と呼ぶ。日本には数ヶ所しかないが、アメリカには無数にある。紹介されたアメリカのDZは、カリフォルニア州のペリスバレーDZ。近くにジャンパーズハウス(スカイダイビングの事をジャンプと云う)というのがあって、皆なそこからドロップゾーンに通っているという。そこに泊まっていい事になったので、宿の問題はクリアした。
問題はロサンゼルス国際空港(通称LAX)からDZまでの道程だ。車で2〜3時間ほど掛かるらしい。国際免許証を取ってレンタカーを借りる事を勧められたが、流石にいきなり1人でアメリカの道を運転できるとは思えなかったので困った。ところが母の古くからの友人であるNさん一家がロサンゼルスに住んでおり、母経由でその人と相談した結果、LA在住の日本人ガイドさんを雇って車で送って貰う事になった。これで問題はほぼ解決!
出国準備−パスポート&クレジットカード
当然パスポートは持っていなかったので、天神にあるアクロス福岡内のパスポートセンターまで出向いた。必要なものは戸籍抄本または謄本、住民票、写真(4.5×3.5)、官製はがき、身元確認できるもの(免許証等)。5年もの(¥10,000)と10年もの(¥15,000)があるが、お得な10年ものにした。パスポートのサインは英語でもいいらしいが、悪用されないよう漢字にしておいた。
アメリカは高度なカード社会なので、クレジットカードがないと話にならない。それまで持っていなかったので新たに作る事にして、大学生協と提携しており在学中年会費無料のTuoカードに決めた。住友VISAとJCBの2種類があるが、JCBは海外での普及度がイマイチらしいので迷わず住友VISAを選んだ。
出国準備−格安航空券
ネット上で成田−ロサンゼルス間の格安航空券を探した。ただでさえこの路線は安いのに、3月という事で更に安くなっていた。相場は大体往復で¥55,000〜¥60,000という所だったが、その中でも最も安かった「四季の旅社」に決めた。大韓航空機の往復で¥53,000(内訳は運賃¥47,500+税¥5,500)、信じられないぐらい安い。福岡−札幌より安い。
担当者とメールでやり取りした後、代金を振り込んだ。ネット上での詐欺なんて事件もしばしば起こっていた頃だから不安が無かったと云えば嘘になるが、まぁ何とかなるだろうと思った。
出国前に上京して渋谷の会社まで航空券を取りに行ったが、何十人ものスタッフが働いている大きな会社だったのでホッとした。今度から個人旅行する時はここで手配しよう、とさえ思ったのだが、今はホームページにアクセスできなくなっている。どうやら潰れたらしい・・・世は無常。
出国準備−外貨&保険
出国前に両替する時間がなかったので、成田空港でドルを手に入れた。アメリカではトラベラーズチェック(T/C)の使えない所はないと云っていいので、現金の8割強をT/Cに替え、残りをキャッシュにして貰った。T/Cは使用の際に2ヶ所のサインを必要とするので悪用を防げるし、紛失しても再発行してくれる。
海外では医療費がべらぼうに高いので、海外旅行の際は保険への加入が必須である。その上スカイダイビングをする際には必ず専用の保険に入るよう義務付けられている。日動火災社がスカイダイビングの保険を扱っているので加入した。勿論海外旅行の保険とセットになっていた。
出国準備−国際運転免許証
ロサンゼルスからDZまでは前述の通りガイドさんを頼む事にしたのだが、何があるか分からないので一応国際免許証を取得して行った。取得に必要なものは国内運転免許証(1年以上有効期間がある事)、パスポート、写真(5.0×4.0)、印鑑、手数料2,600円。申請先は住んでいる都道府県の運転免許試験場か、都道府県警察本部。
自宅から福岡県警まで歩いて10分なので県警で申請した。いとも簡単に即日発行してもらえるのだが、有効期間がたった1年なのが玉にキズ。結論から云うと1度も使わないまま有効期間が過ぎた(苦笑)
出国準備−精神的準備
今回が初の海外旅行という事で、「地球の歩き方・アメリカ個人旅行マニュアル」を買ってかなり読み込んだ。不安だったのは日本と異なる諸習慣、例えばチップ等だったが、こういう本を読んだり海外旅行経験者に話を聞いたりして、それなりに心の備えをした。
英語に関してはほとんど自信がなかったが、むしろこの渡米を英語力向上のきっかけにしよう、ぐらいの気持ちでいた。いざとなれば筆談でもして何とかなるだろう、と思った。実際何とかなったし。
出国−成田
記念すべき人生初の日本脱出日は平成10年3月10日(火)。13:00までに成田空港で手続きするよう航空会社から指示されていた。しかしその前夜に投宿先の某友人宅に高校の同級生が集まり、朝まで大宴会を繰り広げた結果、本来8:00に起床しないと間に合わない所を寝坊して9:00に起きる。慌てて用意するが時間的余裕がなく、乗る予定だったNEX(成田エクスプレス)を諦める羽目になった。いきなり前途多難なスタートとなった。
仕方なく新宿から成田行きのリムジンバスに乗り(それも出発直前にぎりぎり飛び乗った)、渋滞に巻き込まれて到着が遅れたらどうしようと気が気でなかったが、何とか12:20頃到着。成田空港のエリアに入った直後、バスが停車して空港の係員が数人乗り込んできた。全員のパスポートをチェックするという。おいおい、こんなの聞いてないぞ! 地球の歩き方にも書いてなかったぞ! 急いで飛び乗ったせいで荷物は全部下の荷物入れに放り込んであったので、パスポートは手元になかった。係員がだんだん近付いてくるのでドキドキしてくる。自分の番になり、正直に理由を話したら日本の運転免許証を見せる事でOKとなった。あーびっくりした。それにしても警戒が厳重だ。成田空港は日本の領土内にあるとはいえ、実質上は国外扱いなんだなと思った。
航空券を受け取って売店でフィルムなどを買った後、クレームタグ(荷物引換証)を貰ってない事に気付いたので大韓航空のカウンターに戻って尋ねたが、「パスポートの裏に貼りましたよ」みたいな事を云う。小さなシールが貼ってあったのでこれの事かなと思い、とりあえず納得した(これが後で問題になる)。そして搭乗手続き、出国審査と続いたが、なにぶん初めての経験なので戸惑う事が多かった。
出国−機内
待合室で搭乗案内のアナウンスを待つ。周囲を見ると欧米人、アジア系、ヒスパニック系、実に様々な人種の旅行者であふれている。成田は日本と海外を結ぶ最大のゲートウェイなんだなと改めて思った。話し相手もない独り旅だったので、周りの風景をぼーっと眺めていた。
アナウンスが流れたので機内に乗り込む。窓際なのは分かっていたが、問題は隣の席に人が座るかどうか。しかし機内はこれで本当に採算取れるの?って心配しちゃうくらいガラガラで、隣は空いており広々と使えた。
いよいよ離陸。生まれて初めて日本を離れる。太平洋の上を飛んでいる間、ようやく我に返ったというか、「この飛行機はアメリカに向かって飛んでるんだ、次に着陸した時はアメリカなんだ、もう引き返せないんだ」としみじみ思った。というのも今回の渡米は危険なスカイダイビングが目的という事で両親・親戚一同大反対。特に母は出発数日前になっても「やめておいたら」と云うほどだった。それを振り切って強行したという経緯があったので「離陸したからにはもう引き返せないぞ」という実感が強かった。今考えると親不孝だったかなぁ・・・
機内では時差ボケ防止の為にしっかり寝るつもりだったが、実際はあまり熟睡できなかった。眠れなかったので地球の歩き方を何度も読み返した。
入国−ロサンゼルス国際空港(LAX)
着陸直前、窓越しにロサンゼルス市内を眺める。街並みが平安京みたいに正確に碁盤目状になっている事と、街中に緑があふれている事に感嘆した。欧米の住所表記に「丁目」ではなく「通り」が使われているのもなるほどと納得できた。当時野茂の活躍でおなじみだった大リーグ・ドジャースの本拠地であるドジャースタジアムもはっきり見えた。そしてロサンゼルス国際空港(通称LAX)に着陸。
いよいよ緊張の入国審査。係員にブルーレーン(非アメリカ人専用カウンター)に並ぶよう指示された。自分の番が近付いてきてドキドキする。青い目をした審査官と次のような問答を交わした。
"What's the purpose of your visit?"
"For sight-seeing."
"How many days will you stay here?"
"10 days."
"Is it your first visit to the United
States?"
"Yes."
以上。これで入国審査は無事通過! 事前にしっかり予習しておいてヨカッタ。
次は手荷物受取所で機内預けにしたスーツケースを受け取る。スーツケース自体はすぐ確保できたが、成田でクレームタグをパスポートの裏に貼ったと云われたのはどうやら聞き違いだったらしく、どこを探しても見当たらない。日本の国内線だったら荷物を持ち出す際にはクレームタグと照合しないといけない。どこにもタグが見当たらないので諦めて覚悟して、最悪スーツケースを開いて自分の物である事を証明しようと思ったが、実際は特に係員はおらずノーチェックで持ち出せた。税関も「申告なし」にしたら何も問われなかった。という訳で意外とあっさり持ち出せたのだが、逆に云うと誰の荷物でも簡単に持って行ける事になる。次にアメリカに来る時は盗難に遭わないように真っ先に自分の荷物を確保しようと固く心に誓った。
第一印象−ロサンゼルス市内
母の古くからの友人であるNさんが空港に迎えに来てくれ、まずは車でNさんの自宅に向かう事になった。左ハンドルの車・何車線もあるフリーウェイ・緑豊かな街並み・まぶし過ぎる太陽の輝き・英語だらけの看板広告、それらを見るたびに「あぁ、今自分はアメリカにいるんだなぁ」ってつくづく実感した。
Nさん宅でフルーツを頂いた後、しばらく独りで周辺を散歩する事にした。と云うのも時差ボケ防止には日光を浴びるのがいいと聞いていたので。ちょっと歩くと向こうから老夫婦がゆっくり歩いてきた。アメリカでは誰彼構わず挨拶するという習慣を思い出したので、勇気を出して"Hello!"と声を掛けたら、お爺さんが軽く手を挙げて"Hi."と返してくれた。これですっかり嬉しくなり、味をしめて道で会う人会う人に手当たり次第"Hello!"と声を掛けた。日本じゃ絶対やらないだろうなー。こういうのはアメリカの素晴らしい習慣。それにしても雲一つない青空で、東京の3月上旬の冬モードの格好では暑過ぎて汗をかいてしまった。
ドロップゾーン到着
Nさんが探してくれた日本人ガイドのOさんと落ち合い、LAから車での長い長い旅の末にようやくDZのあるペリスバレーに到着。この間16:00頃から時差ボケによる猛烈な眠気が襲ってきた。「目は見えても頭が寝ている状態」というのはまさにこの事か、と思った。でもここで寝ては駄目だ、アメリカの昼夜に慣れる為に夜になるまで寝ちゃ駄目だ、と思い必死に耐えた(と云いつつ何度も落ちたけど)。
ペリスバレーのDZには日本人スカイダイバーのTさんとMさんが迎えに来てくれていた。ここでOさんと別れ、宿泊場所であるジャンパーズハウスまで車で移動。そこには日本人スカイダイバーが7人ほど転がり込んでいた。ささやかな歓迎パーティーを開いて頂く。皆さん優しい方ばかりなので安心した。
さあ、ここからスカイダイバーへの道が始まるのだ。期待と不安の交錯した渡米初日だった。
つぎ
もくじ
とっぷぺえじ