徐かなること林の如し(1st jump編)



スカイダイビングの概略

簡単に書くと飛行機またはヘリコプターで上空約12500フィート(約3700メートル・大体フィートに0.3を掛けるとメートルになる)まで上がり、空中に飛び出し(EXITと云う)、ある時間フリーフォール(自由落下)し、各自の技量や目的に応じた高度でパラシュートを開き、位置をコントロールしてドロップゾーン(DZ)の定められた場所に降下するスポーツである。フリーフォール中は常に胸の位置に取り付けられた高度計をチェックする必要がある。熟練者は通常2000〜3000フィート(600〜900メートル)でパラシュートを開くが、免許取得中のスチューデントや初心者は4000〜5000フィート(1200〜1500メートル)でパラシュートを開く事が求められる。これは万が一メインパラシュートが開かなかった場合に、リザーブパラシュートを開く為の充分な対処時間を確保する為である。熟練者はこの手順が素早くできる(とされている)ので、比較的低い高度でパラシュートを開く事が認められ、より長くフリーフォールを楽しむ事ができる。

何故12500フィートかと云うと、この高度が酸素ボンベ無しで呼吸ができる限界らしい。ほぼ富士山と同じ高さであり、富士山頂での息苦しさは多くの登山者が体験する事である。フリーフォール中の時速は200km/hに達し、EXITする12500フィートから初心者がパラシュートを開く5000フィートまでは50秒ほど。開いてからは急激に減速するので、5000フィートから地上までは5分ほど。地上から上空までは飛行機で10分ほどなので、トータルで1回のジャンプは約20分である。


スカイダイビングの装備

ジャンパーはジャンプスーツと呼ばれる専用のつなぎ服を着て、ギアと呼ばれる装備を背負う。ギアにはメインパラシュートとリザーブパラシュートが格納されている。メインはジャンパーが自分達で畳んだりするが、リザーブを畳む事ができるのは専門の免許を持つ人に限られ、安全性を高めている。両方開かない可能性は確率的にほとんどゼロに近いと云われる(それでもゼロではないが)。空中でリップコードと呼ばれる紐を引くと、まずパイロットシュートという先導物が飛び出し、これが風圧を受けてメインパラシュートを引っ張り、開く仕組みになっている。

もしメインに不具合があってちゃんと開かなければただちにカッタウェイハンドルを引き、メインを切り離す。この時にリザーブスタティックラインと呼ばれる装置によって自動的にリザーブのピンが引き抜かれ、予備が開くようになっている。地上でも上空でもこのカッタウェイの訓練を何度も何度もさせられる。また初心者用のギアにはAAD(自動開傘装置)が付いていて、気圧変化を捉えてある一定以下の高度になると自動的にリザーブを開くようになっている。なので途中で気を失ったとしても一応リザーブは開くとされているが、機械なので完璧な作動は期待できない上に、着地の瞬間に手動でパラシュートのフルブレーキを掛けないとかなりのスピードが出ているので、死なないとしても大怪我は避けられないだろう。


免許取得の仕組み

著名なスカイダイバーだったケネス・F・コールマン・ジュニア氏は、それまで体系化されていなかった初心者の降下訓練プログラムの整備が急務であると考え、1980年前後にアクセルレイティッド・フリーフォール(以下AFF)システムを開発した。AFFではまずグランド・トレーニングを受け、実際のジャンプに必要な知識を学ぶ。次いでジャンプマスターと呼ばれるインストラクターと一緒にジャンプし、レベル1〜7までの7段階に設定された習得目標を1つずつクリアしていく。車の免許と同じで、各段階でクリアできなかった場合は同じレベルで再度挑戦する事になる。アクセルレイティッドと呼ばれる理由は、それまでのスタティックラインから始めるプログラムに比べて3〜5倍の早さで教習期間が終了するからだという。7段階までクリアすれば晴れて独りで飛ぶ資格を得られる。


入校

さて話は本編に戻って、平成10年3月11日にペリスバレースカイダイビングスクールに入校した。AFFコースの料金は1600ドル。日本で取得する場合は約25万円なので、確かにアメリカの方が安い。おまけに毎日飛ぶ事ができる。入校手続きの際には免責・自己責任の説明書を何枚も渡され、それと同じ内容のビデオを見させられ、誓約書に何枚もサインさせられ、おまけに免責の誓約書を朗読する所をビデオに撮られた。流石にアメリカは訴訟社会、徹底しているなぁと思った。と同時にそれだけ危険性のあるスポーツなんだと身が引き締まった。


グランドトレーニング

モーリーというフランス系アメリカ人のインストラクターがグランドトレーニングを担当した。モーリーはとても気さくで陽気で、これ以後のAFFでも何度もお世話になった。通訳として日本人ジャンパーのTさんが付いてくれた。実際はモーリーはこれまで何度も日本人を指導した経験があるらしく、ゆっくり分かりやすい英語で話してくれた。日本で既にグランドトレーニングを受けていたのも大きかった。モーリーは的確な喩えを数々出して理解を助けてくれた。例えば着地の際はパラシュートをコントロールして風下から風上に向かって空気抵抗を受けるように進むのだが、風向きを知らせる吹き流しをニンジンに喩えて、「eating the carot」つまり吹き流しの先端から口に向かう位置を取れば自然と風上を向くようになると説明してくれた。


ギアアップ



グランドトレーニングを終え、いよいよ7段階の最初のレベル1のジャンプ。レベル1から3まではジャンプマスター(スカイダイビングのインストラクターの事で、日本では略してジャンマスと呼んだりする)が2人付く。先ほどのモーリーと、ヴィニーというペリスバレーのジャンマスの中では割と地位の高い人が担当してくれる事になった。ジャンプスーツを着てギアを背負う(これをギアアップと云う)。

まずは上の写真のような飛行機の模型でEXITの練習をする。この模型は原寸大で造ってある。スカイダイビング用の飛行機の最後部にこのような出入り口が開いており、何と扉が無い。口が開いた状態のまま12500フィート(3700メートル)まで上がって行くのだ。その理由は幾つかあると思うが、その1つはおそらく機体の内外の気圧差をゼロにして、機内にいても正しく各自の高度計を読み取れるようにする為だろう。

そしてEXITの際には上の写真のように天井部のバーを掴んだ状態で半身を外に出し、「Up、down、go!」や「Ready、set、go!」などと大きな声で叫んで周囲に合図し、両手両足を大きく開いて「大の字」の状態で真横に飛び出す。・・・と教えられて地上で練習するのだが、何しろ未体験なので実感が湧かない。

なお今回は初めてのジャンプという事で、オプションを頼んでエアカメラマンのラウルにビデオと写真を撮影してもらった。撮影から写真現像・VHS作製までコミコミで1回100ドルでお願いできる。ビデオは地上練習の段階から撮ってくれた。ラウルの英語はかなり早口で、ただでさえ緊張している所に聞き取りにくい英語で「日本の友達に一言」みたいな感じで云ってくるので、聞き取るのに神経使って全然気の利いたセリフが出て来なかった。今改めてビデオを見ると、冷静さを装っているものの明らかに緊張している様子が見て取れる(苦笑)

エアカメラマンは地上では普通のハンディカメラを携えているが、上空では頭の右側にビデオカメラとスチールカメラが格納されている特殊なヘルメットをかぶり、手にスチールカメラのスイッチを握っている。以下に紹介する上空での写真は全てこのようにして撮影されたものであり、決して空中で観光客のようにカメラを構えていた訳ではないのでご注意を!


離陸



ジャンマスのモーリーとヴィニー、それにエアカメラマンのラウルと一緒に飛行機に乗り込む。機内は約20人乗りで、この時はレベル1のスチューデントが自分ともう1組いて、他は全員既に免許を持って楽しんでいる人達だった。最後尾に出入り口があるので、乗ったら奥(前方)に詰めていき、最後に乗り込んだ人達から順番にEXITしていく。自分達は最後にEXITするので一番先に乗り込んだ。

全員乗り込んだらパイロットに伝え、いよいよ離陸する。ぐんぐん高度が上がっていき、窓の外を見て「うわ、高い!」と思って胸の位置にある高度計を見たら、まだせいぜい6000フィート(1800メートル)だった。この倍以上の12500フィートまで上がって行くのだ。上昇につれて機内の気温がどんどん下がっていくのが分かる。


機内



途中でジャンマスがギアやヘルメットのチェックをしてくれる。無線のスイッチもONにした。この無線はパラシュートを開いた後の着地直前に、先に地上に降りたジャンマスがスチューデントに操作の指示をしてくれる為の物。EXITの前にあらかじめイヤホンを耳に入れておく。その間にベテランのジャンパー達が次々にEXITしていく。

もっと気が動転するくらい緊張するかと思ったが、自分でも意外なくらい冷静で、窓の外を指差して「Is that Lake Elsinore?」とジャンマスに尋ねるくらいの余裕があった。が、余裕があったのはEXITの寸前までで、いざ自分の番が回ってきたら急に緊張してきて、一瞬やっぱりやめようかと思った。スカイダイビングはメンタルなスポーツでもあるので、いつ如何なる時でもジャンパーには中止する権利がある。実際、レベル1のスチューデントはしばしばEXITの決断ができずにそのまま飛行機で降りてくるという。しかしこのスポーツにおいてはそれは別に恥でも何でも無いのだ。


EXIT



「やめよう」という言葉が喉まで出掛かったが、それをぐいと身体の奥に押し込め、覚悟を決めた。「肚を括る」というのはまさにこういう場面の為にある言葉ではないかと思った。「Up、down、go!」と叫んでEXITした。上の写真はEXITの瞬間で、中央が自分、両サイドがジャンマス。右上に飛行機の車輪などが見える。

EXITの直後、自分の五感が一瞬全て停止したかのような感覚を味わった。上手く言葉で表現できないが、自分の生命活動がビデオの一時停止ボタンを押すように完全に空白になった感覚。これは気を失うとか気絶するとかいうのとはまた違う感覚で、意識ははっきりしており、現にそれまで耳に響いていた飛行機の轟音が一瞬完全に無音になったのをはっきり覚えている。「五感が圧倒される」という表現が一番近いだろうか。自分を支える足場が無い所に急速に落下していくという、日常では経験しない状況に大脳が一時的なパニックに陥ったのだろう。

しかしそれは本当に一瞬で、次の瞬間頭が凄い勢いで冴えてくるのが分かった。おそらく大脳辺縁系の生存本能がフル回転して「生き延びる為にこの状況を脱出せよ」という指令が脳内を駆け巡っていたからではないか。この経験から「飛び降り自殺の時は気を失うので怖くないし痛くない」という噂は嘘だろうと思っている。逆に頭が冴えると思う。まぁビルの10階程度の高さなら気を失う間もなく一瞬で地上に達すると思うが。

さて本当はEXITの直後に「ワンサウザン、トゥーサウザン、スリーサウザン、フォーサウザン」と心の中で数えて気持ちを落ち着かせるという手順を踏むのだが(これを4カウントと呼ぶ)、初めてのEXIT直後にそんな余裕がある筈も無く、ちょっと経ってから「あ、4カウント!」と気付いた。とにかく物凄い勢いで落下している。スカイダイビングを始めたそもそもの動機は「日頃逃れられない重力の呪縛から解放されたい」だったが、実際は完全に逆で、地球の重力が如何に強大か、万有引力を引き起こす地球の重量が如何に巨大か、嫌と云うほど思い知らされた。地球の中心に向かって見えない糸で有無を云わさず引っ張られて落下していく感覚。テレビでスカイダイビングの映像を見るとぷかぷか浮いているように見えるが、あれは単にカメラマンも同じ速度で落ちているから相対的にそう見えるだけで、スカイダイビングの本質は飛翔ではなく落下である。

フリーフォールの途中でジャンマスに身体を掴まれたのを感じた。しかし後で尋ねたらEXIT直後からずっと掴んでいたと云う。確かに上の写真を見てもビデオテープを見ても最初から掴まれている。EXIT直後は五感が圧倒されていたのでそれに気付かず、あたかも途中で掴まれたように感じたのだった。


サークル・オブ・オブザベーション



フリーフォール中はなるべく降下速度を遅くするよう、両手両足を張ってエビ反りになり、アーチと呼ばれる空気抵抗が最大になる姿勢を取る。姿勢が安定したら、正常かつ冷静な判断能力が確保されている事をジャンマスに示す為に、サークル・オブ・オブザベーションと呼ばれる一連の手順を行なう。まず「チェック メイン!」と叫んで主ジャンマスにアイコンタクトし、主ジャンマスが体勢やギアを確認した後OKのサインをくれる。次に「チェック リザーブ!」と叫んで同様に副ジャンマスのチェックを受ける。最後に胸の位置にある高度計(上の写真では黄緑色の物体)を確認して、主ジャンマスに「○○フィート!」と報告する。実際は猛烈な風圧を受けるので言語によるコンタクトは取れず、叫んでも実際にジャンマスに聞こえる訳ではない。しかしアイコンタクトを取って口を動かしている事はジャンマスに伝わる。そういう定められた手順を冷静に行なえる能力を示す事に意味があるのだ。


スリー・タイムス・プラクティス



サークル・オブ・オブザベーションの次は、最も重要な手順であるパラシュートのリップコードを引く練習を行なう。「ルック」で右腰の位置にあるリップコードを見て、「タッチ」で実際に右手で触り(この時姿勢を安定させる為に左手は頭上に持ってくる)、「プル」で引き抜く真似をする。この「ルック、タッチ、プル」を3回連続で繰り返すので、スリー・タイムス・プラクティスと云う。


旋回



決められた手順を順調にこなして少し余裕があったのか、ジャンマス2人が自分の身体をぐるぐる何周も回してくれた。これはレベル1の内容には無い完全にオプション的なお遊びで、ジェットコースターのようで楽しかった。落ち着いて手順をこなした事へのご褒美だったのだろうか? この時点で速度はおそらく時速200kmに達していただろう。風圧が激しく、轟音が耳に響き渡る。


高度計チェック



だんだん精神的に余裕が出てきて調子に乗ってきて、エアカメラマンが自分の正面にいる時はカメラ目線で笑顔を作ったりした。本当はこまめに胸の高度計をチェックしなくてはならないのだが、それを怠るたびに主ジャンマスのモーリー(上の写真で向かって左側)が「高度計を見ろ!」という風にタップする。そこで慌てて高度計を読んでジャンマスにアイコンタクトする。しかしまた油断するとカメラ目線になるのだった。それを何度か繰り返すうちに5000フィート(1500メートル)に達したので、大きく両手を交差させて「No more!」と合図し、パラシュートのリップコードを引く。


プル



パラシュートを開く事をプルと呼ぶ。上の写真はその瞬間で、前述のパイロットシュートという先導物が飛び出している。写真を見ても分かる通り、今回はレベル1という事で主ジャンマスが自分の右手を取って実際に引く所までガイドしてくれた。右手に持っている紐が付いた物体がリップコードで、これは再利用するので地上に降りるまで落とさず持っていなくてはならない。失くすと罰金を取られる、というか弁償させられる。さて、実際はEXITからプルまでわずか50秒足らず。普段50秒というと取るに足らない短い時間のようだが、意外と色々な事ができるものだ。


開傘



飛び出したパイロットシュートがメインパラシュートを開くと、急激な減速を受けて身体が相対的に引き上げられ、衝撃が走る。一方2人のジャンマスとエアカメラマンはフリーフォールを続けているので、3人はあっという間に眼下に消えていく。パラシュートが無事開いたのを目視で確認したら、左右のトグルと呼ばれる操作ハンドルをブレーキの位置から解除し、フルグライドという最大スピードの安定状態にする。この状態で前進速度は約40km/h、沈降速度は約15km/h。フリーフォール中の沈降速度約200km/hと比較して非常にゆっくり落下していく。

EXITからパラシュートを開くまで、今までの人生で最も濃密な50秒間を過ごしたので、放心状態になってしばらくそのままでぼーっと周囲を眺めていた。そのうちに急にパラシュートコントロールのチェックを怠っていたのを思い出した。右のトグルを引くと右側だけブレーキが掛かり左側は進むので、時計方向に右旋回する。同様に左のトグルを引くと反時計方向に左旋回する。このようにして方向を調整しながら、自分の進みたい方角に自由自在に操作する事ができる。操作のテストは問題無し。次は地上のドロップゾーン(DZ)の位置を目視で確認し、その直上をぐるぐる旋回して位置を外れないようにした。

この時点で高度は約1500メートル。地平の果てまで見渡せる。周囲には鳥すらいない、完全に自分だけの空間。何を叫んでも誰も聞き咎める人はおらず、ゆったりした空中散歩を心から満喫した。


着地



ジャンマス2人とエアカメラマンは地表ぎりぎりまでフリーフォールで落下するので、自分より先にとっくに地上に降りている。自分がだんだん地上に近付くと、主ジャンマスのモーリーから無線の連絡が耳に入ってきた。「Turn right, turn right!」等の指示に従い、トグルを操作して無事にスチューデント用のDZに着地する事ができた。しかし風向きは全然分からなかった。上空からウィンドソックス(吹き流し)を探したがどこにも見当らなかった。今回は無線の誘導に任せていたので問題無かったが、いずれは自分で風向きを判断しなくてはならない。

上の写真の中央に小さく見えている青い物体が自分のパラシュートで、着地する直前の様子である。だいぶ離れた上級者用のDZで着地を待っていたエアカメラマンのラウルがちゃんとカメラに収めてくれていた。3人はこの撮影場所から自分の落下地点まで軽トラのような荷台付きの車で迎えに来てくれた。

3人が来るのを待っている間にパラシュートをまとめようとしていたら、無線で「Wait there!」と云われた。そのうちモーリー達が笑顔で到着した。自分も興奮と感動で高揚感に包まれており、「I've done it!」という言葉が自然に何度も口を衝いて出た。失くすと弁償になるリップコードもちゃんと最後まで手に持っていたので、モーリー達に自慢気に見せた。この間のやり取りの様子もエアカメラマンのビデオカメラに収めてもらった。モーリーが「もう1度ジャンプするか? レベル2をしたいか?」と尋ねてきたので、思わず「Can I?」と答えたら即座に「Sure!」と返してきた。そこで続けて2度目のジャンプをする事になった。

軽トラの荷台に揺られながら、じわじわと達成感が込み上げてきた。アメリカの大きな青空の下、輝く日光を浴びながら、あのEXITの瞬間から着地までの過程を何度も何度も思い返していた。


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もくじ
とっぷぺえじ